「中西通さんを語る会」に出席した。


「中西通さんを語る会」に出席した。篠山の丹波古陶館・能楽資料館の前館長で3年前、70歳で亡くなった中西さんは、関西有数の観光地となった篠山のまちづくりの基礎を築いた。▼「あごの欠けた『深井』の面を見て、さめざめと泣かれるのを目撃した」「気に入った焼き物が手に入ると、一晩中でも眺めていた」とは、かつて中西さんの骨董店で働いていた狂言師の山口耕道さんの話。▼門外漢のはずのヴァイオリンでも「預かってきた6000万円する名器『ガルネリ デル・ジェス』を見せたら、『これは100万円くらいのもんでは絶対ないやろ』と、すぐ見破った」(元大阪フィルの前川澄夫さん)という。▼長男薫さんが、春日能の開演あいさつをする通さんの声を聞かせて下さった。「神社の能楽堂は昔の『コンサートホール』。これを本来の目的に使うべきだと思った」。「篠山のこうした街の雰囲気は全国でも珍しいのではないか、結構良いのではないかと思いながら育ってきた」とも。▼そうした思いが、河原町など伝統的建造物群保存の指定地区として引き継がれていく。篠山のソフト面での仕掛け作りの大半が、中西さんのアイデアから育ったと言っていい。没後3年経ってなお多くの人が集まり、競うように思い出を話すのを聞きながら、改めて中西さんのすごさを知った。(E)