「更け行く秋の夜 旅の空の」で始まる名曲『旅愁』を作詞した犬童(いんどう)球渓が、音楽を教えていた学校はどこか-。


「更け行く秋の夜 旅の空の」で始まる名曲『旅愁』を作詞した犬童(いんどう)球渓が、音楽を教えていた学校はどこか-。本紙の「ふるさとクイズ丹Q」にこの問題を出題してはと、担当の記者に提案した。正解は記者の母校の柏原高校なのだが、「答えは何ですか」との返答だった。みなさんはいかが。▼熊本県人吉市に生まれ、苦学して東京音楽学校を卒業した犬童は明治三十八年、旧制柏原中学校に赴任した。しかし、軍国主義の時代。生徒たちは「音楽など男がやるものではない」と決めつけ、授業をまじめに受ける雰囲気はさらさらなかった。▼机を打ち鳴らす。床を蹴る。やじを飛ばす。授業をボイコットする。生徒の抵抗に心身ともにぼろぼろになった犬童はこの年の十二月に辞職願を出した。▼『旅愁』を作ったのは、その二年後。「旅の空」のあと「わびしき思いに ひとりなやむ恋しやふるさと なつかし父母」と続くこの歌は、柏原中時代を思って作ったとも言われている。歌の背後にある犬童の傷心を思うと、歌詞がひとしお心にしみる。▼柏原ゆかりの人物でいえば、『柏原小唄』を作った野口雨情もそうだ。「しゃぼん玉とんだ 屋根までとんだ」。この歌は、長女をわずか七日で亡くしたときに作ったらしい。「屋根までとんでこわれて消えた」が、せつなく響く。(Y)