「平成」を「昭和」に読み替え


春秋 1.11
 いつからか、「平成」を「昭和」に読み換え、六十三年前のことを思うようになった。今年はついに「昭和十九年」。この正月、自分は二カ月後に世に出るべく、母の胎盤を通して外の空気をうかがっている。▼二年少し前、真珠湾攻撃で国じゅうが沸き立った対米戦争は、つかの間の勝利から急転。軍部は相変わらず都合のいい発表に終始、「欲しがりません勝つまでは」と叱咤し続けていたが、今や学徒の勤労動員は長期化、東京などに「建築物強制除去地域」が設けられ(毎日新聞社「昭和史全記録」参考)、国民には疲労困ぱいの色が濃い。▼クールな目で見続けた永井荷風の日記「断腸亭日乗」の十八年大晦日のページには「疎開トイフ新語流行ス。民家取払のコトナリ」とあり、「軍人政府の為すところは秦の始皇帝に似たり。芸術の撲滅をなしたる後は…債権を焼き私有財産の取上げをなさでは止まざるべし。かくして日本の国家は滅亡するなるべし」。▼真珠湾攻撃の日、「電車乗客の中に黄色い声を張り上げて演舌をなす者あり」と数行で片付けていた荷風も、ここに至ってさすがに激昂した様子。それにしてもこのような文を残すこと自体、まさしく命がけだった。▼「平成十九年」の正月は一見、すこぶる平和である。しかしそれを当たり前のことと思っては絶対いけない。(E)