下中弥三郎


 県教育委員会が先ごろ作製した中学生用の道徳副読本に下中弥三郎が取り上げられた。兵庫ゆかりのさまざまな人物を取り上げた副読本だが、下中は今田町の出身だけに、少なくとも丹波地域の中学生はこの副読本に基づいて下中の生き方を学ぶことになろう。▼貧しい家に育ち、苦学して教員となり、のちに百科事典で知られる「平凡社」を創設した下中。良い本を作り、多くの人に読んでもらうことも教育になると、「出版は教育なり」の考えを貫いた。副読本でも、こうした側面を描いているが、下中という人物はそれだけでは収まらない。▼明治37年の平民新聞に『悪魔万歳』と題した詩を発表し、「『帝国万歳大勝利』何ぞ悪魔の大勝利と書かざる『陸海軍の大捷(たいしょう)を祝す』何ぞ人道の滅亡を祝すと記せざる」と、非戦論を展開。大正8年には日本で最初の教員組合を創立した。▼そんな下中だが、のちに大日本興亜同盟の運動第一局長となり、戦争に加担。公職追放解除後は、湯川秀樹らとともに世界平和アピール7人委員会を結成、世界連邦運動に乗り出した。▼その思想遍歴は何ともダイナミックだが、軌跡をたどることで、下中をはじめとした人道主義者さえもがなぜ戦争協力者になったのかが見えてくるだろう。そんな掘り下げも期待したい。(Y)