遺書


 「二十有余年の年月、お世話にのみ相成りました。今、命を国に捧げます」。東京都千代田区。靖国神社に張られていた遺書だ。
 この言葉を遺したのは24歳の陸軍兵長という。たった67年前、この国では数えきれないほどの悲しい手紙が家々に帰ってきた。立派に死んでいくと書かれた行間には、「死にたくない。家に帰りたい」という思いがあっただろう。
 戦意高揚の一翼を担ったのは新聞各紙によるキャンペーンだった。開戦のきっかけとなった国際連盟脱退を称賛し、戦争突入後は国家総動員をあおり続けた。
 そして、国民はそれを信じた。結果、こんな悲しい文章を書かなければならない若者を生み出した。それは新聞が犯した罪だと思う。
 「靖国で会おう」。そう言って散って行った命の中には、祖母の弟もいる。記者として生きる私をどんな思いで見ているのだろう。
 いつか戦争を知る人々がいなくなる。そしたらまた悲劇が起きてしまうのだろうか。手を合わせながら祈ったのは、二度とこんな遺書を書かせる世の中にはしたくないということだった。(森田靖久)