恋歌


 昆虫の研究者でもあった元高校教諭の山本義丸さん(故人)が、妻の節代さんと交わした相聞歌をまとめた本が出た(10月21日付丹波市版)。交際を始めた時期から、長男誕生までのおよそ3年間、2人は紙片に短歌をつづり、交換した。▼結婚まもない頃、夫が「めとりての今日は初めの宿直にひとりねの妻いかがあるらむ」と詠むと、妻は「ひとり寝の一夜は長く苦しくていくたび醒めて雨の音きく」と返した。一つひとつの歌から男女の奥深い情愛が伝わってくる。同時に、恋歌にひそむ叙情に心洗われる思いがした。▼詩人の大岡信氏によると、わが国の詩歌作品の中で占める恋愛詩の密度は、世界の中でも飛び抜けて濃いという。ただそれは日本人がとりわけ恋愛感情に敏感であるためではなく、わが国の社会構造によるものであり、社会構造が変化すれば、恋愛詩も変容をまぬかれないとした。▼山本さん夫婦の相聞歌には、どこかしら郷愁が漂う。それは、私自身が恋愛からほど遠い地平に来てしまったせいなのか、それとも恋歌を交わすような細やかな感性がわが国の文化から失せてしまったせいか。恋歌に見られる男女のひだの深い情愛が昔のことのように思えるのに後者も関わっているとすれば、何ともわびしい。▼人恋しい秋思の候。人を思う感性を研ぎ澄ましたい。(Y)