秋を感じる


 今は秋。日中は暑くても、朝晩は涼しい。辛党の当方、晩酌をビールから熱燗に替え、秋の夜をいとおしんでいる。▼「朝寒(あささむ)」「夜寒(よさむ)」という言葉がある。秋の朝方のうすら寒さ、晩秋の夜に感じる寒さをいう。秋が深まって、それとなく感じるほどの寒さを「そぞろ寒」といい、秋になって少し感じる寒さを「稍寒(ややさむ)」という。似たような意味を持つ言葉として「肌寒」「うそ寒」がある。▼秋の寒さを表現する言葉は多彩にある。国語学者の金田一春彦氏は、「日本人の肌はそれほど季節の移行に敏感である、ということを物語っているものであろう」という。▼先日、氷上町清住のコスモス畑を訪ねた。日差しはややきつかったが、肌をくすぐる秋の風が心地よく、秋を思いつつ、休耕田に広がるコスモスを飽かず眺めた。コスモスのそばでは、トンボが羽を休めていた。吉野弘氏の詩「秋景」さながらの光景だった。▼「赤いコスモスの花に 蜻蛉がとまってるね 絵になってるね 俳句なら 秋の季語が二つ重なっている構図で 即座に、駄句の判定が下るけれど 自然の風物は幾つ重なっても 駄句にならないね」。秋の自然は美しい。丹波の秋はなおさら美しい。戸外に出て、秋の美しい彩りに囲まれながら、肌を通しても秋を感じたい。(Y)