阪神淡路大震災から20年


 神戸の建築家、野崎隆一さんからの年賀状に「阪神大震災から20年、現在の仕事が最も長いキャリアになりました。6回目の年男、長い人生で自分に何が出来たのか、出来なかったのか、節目の年にゆっくり考えたい」とあった。▼野崎さんは東京のデベロッパー(都市開発会社)勤務の後、父の建材輸入商社の後継者として神戸に戻り52歳の時、大震災に遭った。ボランティアで被災住宅の修理や建て替えの相談を受けるうち、中途半端では気がすまなくなり、会社は弟に任せて退職を決断。コンサルタントに転じた。▼倒壊マンションの建て替えや市場の再建、気心を知った人同士の共同スペースを備えた「コーポラティブハウス」など多くの案件をまとめ上げたが、対立する権利者の意見調整、資金の調達方法、役所との折衝など難問続き。訴訟が最高裁までもつれ込んで、建て替えが実現した時、元の居住者は2割に減っていたという苦い思い出もある。▼収入は激減し、不安とプレッシャーが募る心を支えてくれたのは、復興に向かっての高揚感と、同じ志の人達とのつながりだった。▼ボランティアや専門家らが毎年開く「i(アイ)ウォーク」で再会した野崎さんは「レールに乗せられただけで終わるのかと思っていた人生が、震災で大きく変わったのは確か」と、晴れやかに話した。(E)