宝橋山高蔵寺(篠山市高倉)


 創建は孝徳天皇朝の大化2年(646)、法道仙人が開いた天台宗の古刹である。彼は黒頭峯というこの山嶺にかかる美しい珠玉の雲の架け橋を見て「宝橋山」と号したと伝わる。往時嶺の中腹には七堂伽藍21カ坊を誇ったが、天正年間明智光秀の丹波攻めに遭い焼失した。現在の本堂は享保6年(1721)再建。高蔵寺に通じる山門(仁王門)は明和7年(1770)建立と言われ、篠山市の指定文化財である。但馬のある寺院でも経験したことだが、この寺域にも不思議な“癒し”が感じられる。秋には丹波篠山紅葉三山の一つとして賑わう。
 仁王門には阿吽の金剛力士像が、虹梁には前部に竜の彫り物がある。左前方を睨み、宝珠もしっかり握っている。中部には象が体をねじった姿。後部には大きな唐獅子が右前部へ体をよじっている。珍しい構図である。神仏習合関係のある神田神社の彫り物師、柏原4代目、中井言次君音の作である。
中井権次研究家 岸名経夫