大倉山観音寺(朝来市和田山町岡)


 国道9号線を法道寺交差点で左折して山間の集落の方へ数キロ進んでいく。静かな落ち着いた風情の地区である。戦国時代この地域には竹田城の支城として阿曽沼氏が守っていた山城があちこちあったらしい。法道寺城、芳賀城、そして岡城などである。この岡城の麓に佇む大倉山観音寺にしつらえられた中井権次一統の彫り物を探し求めて出かけた。
 大きな石に大倉山観音寺と見事な字で彫られた門柱を右に見て一歩を踏み入れた。ここは但馬西国33カ所札所になっており、八重咲きの見事な椿が満開であった。まず客殿に近づく。狭い梁間に竜の彫り物がしつらえられている。左前方を睨み、緑色に変色した銅線の髭、いろが風化により赤色が褪せて見える眼、宝珠は右端にある。木鼻の定番の唐獅子と象も風化が激しいが見事なものだ。本堂入口の梁間には松と元気のいい鷹がいる。龍の裏面に丹波柏原町彫刻師上田柏山(本名源次郎)とある。
中井権次研究家 岸名経夫