弘誓寺(篠山市上板井)


 創建は古く大化年間(645-650)、法道仙人により、大同3年天台宗の開祖伝教大師によって中興され、後天正年間三尾山城主赤井形部幸家(黒井城主赤井直正の実弟)により再建された古刹である。まず山門が近づく。明治維新後に再建され、木鼻の左右に外向きの獏がいる(7代目中井権次正次の作)。すぐ近くに二村神社、神仏習合の寺域である。
 さて神社風の本堂。まず兎の毛通しの鳳凰が素晴らしいだけでなく、手挟みの裏表とも目いっぱいの鳳凰が彫られている。他に例を見ない。向拝の竜は頭を左下方に向け髭は銅線でなく木でおとなしい感じだが、その上部の“獅子噛み”の迫力には圧倒される。庫裏の彫り物も逸品だ。6代目による唐獅子親子の乱舞、木鼻の麒麟と象の霊獣である。文化年間初期の5代目中井正忠と権次を名乗る以前の正貞の合作である。余談だが、俳優の赤井英和氏は赤井形部幸家の末裔の一人である。
中井権次研究家 岸名 経夫