「令和」と同時に「市名変えます」 篠山市→丹波篠山市へ 決定まで紆余曲折の2年


写真・市名変更に伴い、新調された市の封筒と元の封筒。ゴム印も「丹波篠山市」バージョンが出来上がっている=2019年4月25日午後3時3分、兵庫県篠山市北新町で

 「令和」が幕を開ける5月1日。同じ日、兵庫県の内陸部にあり、お節料理の定番、黒大豆の産地として有名な篠山市が、「丹波篠山市」へと市名変更する。合併に関係なく市名が変わることは非常に珍しいケースで、同市の酒井隆明市長は、「新元号とともに丹波篠山市誕生を迎えることができる。これから大いにまちを盛り上げていきたい」と話す。ただ、変更決定までの道のりは険しく、市民には賛否があった。巻き起こった議論は、「市名変更問題」に発展。最終的には市民が求めた同市初の住民投票で決着がついた。”ハレの日”を前に、論争の勃発から収束まで、紆余曲折を経た2年間を振り返る。

 

愛称「丹波篠山」を市名にするか 問題に発展

 1999年、平成の合併第一号として誕生した兵庫県篠山市。黒大豆の産地であり、日本六古窯「丹波焼」の里。また、イノシシ肉を使った「ぼたん鍋」や民謡「デカンショ節」のまちとしても知られる。旧丹波国の一部であり、これまでから通称「丹波篠山」を使用してきた。

 「外の人は、篠山(ささやま)を、『しのやま』と呼ぶ。けれど、『丹波』を付ければ、『たんばささやま』と呼んでくれる」ー。そんな声があるほど浸透した名だった。

 ところが、04年、隣接する同県氷上郡が合併して、旧国名を冠した「丹波市」となったことを機に、「丹波篠山」が「丹波市と篠山市」と誤解されるケースが出てきたこと、さらにはブランドとしての「丹波篠山」を守る目的から、2017年2月以降、商工会や観光協会、JAなどの団体が、市に対して「丹波篠山市」への変更要望書を提出した。

 一方で、「篠山市に合併してまだ20年もたっていないのに変更するのか」「地名は篠山、愛称は丹波篠山でいいではないか」などと、現状維持を望む市民も多く、「問題」に発展した。

 

住民投票 賛成56・4%、反対43・6%
写真・住民投票で「丹波篠山市」が多数となったことを喜ぶ酒井市長=2018年11月18日午後10時11分、兵庫県篠山市二階町で

 丹波市発足後の08年に市議会で市名変更が取りざたされ、市も検討を進めたものの、14年に市民も交えた検討委員会が、財政再建などを理由に、「変更を検討する時期ではない」と結論付けていた。

 しかし、それから3年後に”再燃”。各種団体や市民からの変更を求める要望書や署名が出され、17年12月には匿名の人から「変更に使って」と1億円の寄付がある一方、反対する人も多く、「この問題を解決しないと先に進めない」と酒井市長が述べるほど、市政を一時、停滞させた。

 市は18年4月に市名変更した場合の経済効果額を「52億円」と発表。その内訳は、観光客の増加などで約28億7600万円。今後10年で「丹波篠山ブランド」が失われると仮定した場合の経済的損失額を約23億3000万円とし、市名変更でブランドを守り、損失を防ぐことができるとした。

 市が変更を進める中、住民投票を求める署名が始まり、9月には規定を超える1万人超の署名が提出された。酒井市長は、「信を問う」とし、辞職して出直し選に臨むなど異例の事態に発展する。

 そして、2018年11月18日。「市名を丹波篠山市にするか否か」をテーマに同市初の住民投票が実施された。

 結果は、市名変更に賛成が1万3646票となり、反対の1万518票を上回った。パーセントにして賛成が56・4%、反対が43・6%。「拮抗」と言っていい数字ながら、過半数は「丹波篠山市」を望んだ。

 投票率は69・79%(当日有権者数3万5005人)で、実に約7割もの人が投票を行い、高い民度を全国に知らしめた。

 結果を受け、市名変更を推進した酒井市長は、「市民の間で対立のようなものが起こっていたが、それを乗り越えて、市民の心が一つになった」と語った。

 丹波新聞社の出口調査(1583人回答)では、年代別ではほぼピラミッド型の構造を示し、年齢が高くなるほど賛成が多く、若い世代ほど拮抗。10代では反対が賛成を大きく上回っていた。

 

1カ月で署名1万超 「第二の住民投票起きぬよう」
写真・住民投票に向け、署名活動を始めることを発表した小寺代表=篠山市黒岡で

 市が経済効果を発表し、変更を前向きに進めていた18年5月、子育て世代の母親らでつくる会が、「自分たちも市名変更にかかわりたい」と、市議会に住民投票の実施を求める請願書を提出。7月に賛成8、反対9の僅差で不採択となった。

 この状況に活動を開始したのが、「市名の名付け親になろう会」。8月、市住民投票条例で規定される有権者の5分の1(約7000人)の署名集めを行い、市に住民投票の実施を求めると発表した。

 同会の小寺恵美代表は当時、会見でこう話した。

 「市長は『市民は二分していない』として住民投票を実施されない。市名は市長や議会だけでなく、みんなで考える問題」

 9月9日までの1カ月間、約600人が市内全域で署名活動を展開。結果、規定を大きく上回る1万271筆が集まり、住民投票が確定した。

 11月18日、住民投票が成立規定の投票率50%を超えたことを見届けた小寺代表は、「市名変更に係る住民投票の実施という全国初の金字塔を打ち立てることができた。ここまで来ることができたのは奇跡」と語る一方、「第二の住民投票が起きないよう」と行政や議会に警鐘を鳴らした。

 

賛否それぞれが要望や署名提出
写真・市名変更に賛成する市民の署名を提出する圓増代表ら

 「丹波篠山が丹波市と混同されている」「丹波市と丹波篠山市になればさらに混乱する」―。住民投票の結果が明らかにしているように、市名変更には賛否があった。

 17年9月には、のちに「市名変更問題駆け込み処」(梶原周逸代表)となる市民有志が酒井市長に変更撤回を求める要望書を提出。同年11月には、「市名を『丹波篠山市』にする市民の会」(圓増亮介代表)が、変更に賛成する署名(のちに9425筆)を酒井市長に提出した。

 住民投票後、梶原代表は、「1万人あまりの人は反対だったということを考慮して」と言い、圓増代表は、「『変えてよかった』と思ってもらえるようになれば。ブランドにあぐらをかいていた部分もある。一からのつもりで全国にPRしていく」と抱負を語った。