織田信包ゆかりの地、随所に 村民が遺徳しのびお宮も 初代柏原藩主の足跡(下)

2019.05.13
ニュース丹波市歴史

信長の信頼厚かった弟・信包とは 秀頼後見もエピソード少なく 初代柏原藩主の足跡(上)

 

戦国武将・織田信長の弟、織田信包(のぶかね)。1598年(慶長3)に丹波国柏原藩3万6000石を与えられ、初代藩主となっている。兵庫県丹波市内の信包ゆかりの地やイベントを紹介する。

 

信包石像

織田家ゆかりの柏原藩陣屋跡を見つめる信包石像=兵庫県丹波市柏原町で

江戸時代の役所である陣屋跡の向かい側、柏原歴史民俗資料館庭園に、りりしく佇む信包の石像がある。2014年、柏原ライオンズクラブによって設置された。高さ1・25メートル、幅1メートルの坐像で、織田家の家紋「木瓜(もっこう)」入りかみしもを着ている。京都・龍安寺に残る出家時代の肖像画をもとに、地元の画家がデザインした。鼻筋の通った端正な顔立ちは兄の信長に似て、堂々とした風格を備えている。

 

 

 

成徳寺

成徳寺でまつられている信包の位牌=兵庫県丹波市柏原町で

柏原藩織田家の菩提寺は、同市柏原町北中にある成徳寺。2代目藩主・信則が前身の寺に帰依し、3代目藩主・信勝の院号(成徳院殿)から「成徳寺」と名を改めた。信包の位牌と墓は同寺にはなかったが、1995年(平成7)、柏原織田家18代当主の織田信孝氏と住職が位牌を献納し、墓も2000年(平成12)に建立された。現在、前期3代織田家の位牌と墓がまつられている。明治維新後、後期織田家の菩提寺「徳源寺」が廃寺になったため、後期織田家の位牌もおまつりしている。

 

 

 

織田まつり

NHK大河ドラマで信包役を演じ、柏原藩織田まつりで「殿様」役を務めた俳優の小林隆さん=2010年10月、兵庫県丹波市柏原町で

同市柏原町では、毎年10月に「柏原藩織田まつり」が行われる。「丹波かいばらうまいもんフェスタ」と同時開催で、多くの観光客でにぎわう。織田まつりのメーンは、地元の小学生らも参加する総勢100人の武者行列。柏原藩陣屋跡を出発し、町内を練り歩く。信包の姪にあたる江がNHK大河ドラマの主人公になったことにちなみ、信包を演じた俳優の小林隆さんが「殿様」を務めた年も。近年は、柏原織田家18代当主の織田信孝さんが殿様役を務めている。

 

 

 

 

織田上野介大明神

信包をまつる「織田上野介大明神」=兵庫県丹波市氷上町で

同市氷上町沼の八柱神社内に、信包をまつった「織田上野介大明神」がある。城下町から離れた村に、なぜこのような祠があるのだろうか。沼村は毎年、増水期や洪水で田畑や家屋が水没して耕作ができず困っていた。信包は佐治川に堤防を築いて河川の改修を行い、税の負担を軽くして農民を助けたという。村民は藩主信包の遺徳をしのび、お宮を建ててまつったとされる。ちなみに、大坂城にいた信包に代わり、柏原藩の政務を取り仕切ったのは、腹心の家老で甥の佐治与九郎一成。与九郎は、3代徳川将軍家光の母、江の最初の夫である。

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