免許返納は「死活問題」 池袋事故で増加も公共交通少なく 地方の高齢ドライバー(上)


ハンドルを握る高齢者。握らなければならない地方部の事情から、難しい対応が迫られている=兵庫県丹波篠山市で

 東京・池袋で4月、87歳の老人が運転する車が暴走し、母子2人が死亡した事故を受け、全国的に高齢者の運転免許の自主返納が増加している。高齢者が多く暮らす地方部でも増加傾向にある一方で、公共交通網が発達しておらず、買い物や病院など、どこに行くにも基本的に車のため、「免許を返せば生きていけない」のが実情。中には認知症の人が運転しており、地域住民などが危険性を感じていながらも返納を強制できず、救済策もないため、放置するしかないケースもある。関係者は「地方が抱える社会問題。目の前に危険があるが、根本的な解決方法は誰にもわからない」。地方の高齢ドライバーを取り巻く現状を追った。

認知症高齢者の原付に冷や汗

 「東京の事故はひどかったなぁ。私らも免許返したほうがいいと思うんやけど、返したら何にもできひんから」―。兵庫県丹波篠山市東部の畑で農作業中の85歳の女性がつぶやいた。

 女性は87歳の夫と2人暮らし。息子は都市部で暮らしている。夫は認知症を患っているが、数年前まで軽トラックに乗り続けていた。女性が免許返納を勧めたが、「わしは大丈夫や」と言って聞かなかった。

 そこで女性は一計を案じた。夫の免許を隠して更新させず、”自然消滅”させた。その後はどこに行くにも女性が車を運転し、助手席に夫を乗せている。

 最寄りのスーパーマーケットまで車で20分。市営のバスは走っているが、1日3本のみ。「バスは乗ったことない。やっぱり車やないと不便や」。そして、「私もいつまで運転できるか。2人ともあかんようになったらどないしよ」

 別の集落では、住民が毎日、冷や汗をかいている。地域で暮らす独居の90歳代の男性が原付バイクにまたがって出かけていくからだ。男性は認知症で、家族のこともわからない。

 男性もかつては車に乗っていたが、離れて暮らす息子が取り上げた。それでも買い物に行かないと生きていけない。インターネットは無論のこと、共同購入などの方法も理解が難しいため、原付だけは残した。

 近くで暮らす男性は、「怖い運転で、いつ事故になるかとヒヤヒヤしている。単独ならまだいいが、人を巻き込んだら大ごと。けれど、家族でもないし、何も言えない」

 別の集落の84歳と78歳の夫婦は、運転技術の衰えを自覚しており、「ゆっくり走ること」を心がける。妻は、いつも頭の中で「真ん中がブレーキ」と思って走っているという。

 ともに免許を返すつもりはない。夫は、「東京のど真ん中はとてもじゃないけど無理だが、このあたりは交通量が少ないからまだ乗れる。せやけど気を付けなあかんと思ってるで」と話す。

 

兵庫・丹波地域の免許返納者数の推移

池袋事故後、返納者2倍に

 今年4月末の兵庫県内の「警察署別運転免許保有状況」を見ると、丹波篠山市の篠山署管内で免許を持つ2万9031人のうち、70歳以上は5865人(20・2%)で、75歳以上は3277人(11・3%)。丹波市の丹波署管内は4万4845人中、70歳以上が9250人(20・6%)、75歳以上が5086人(11・3%)。

 同じ県内でも、神戸市の生田署管内(3万1152人)は75歳以上が726人(2・3%)。都市部から離れた地方の高齢化の進行と、高齢になっても車などが主な交通手段となっている状況を如実に表している。

 一方、池袋の事故を受け、高齢者の免許返納が全国的に増加している傾向は丹波地域でもみられる。篠山署によると、池袋の事故が発生した4月19日から5月22日までの間に同署管内で免許を返納した人は25人。前年同期は13人で、倍近くに上った。返納した25人の年齢構成は75歳以上が22人と大半を占めており、70―74歳が2人、65―69歳が1人。最高齢者は94歳だった。

 丹波署では、4月19日から5月27日までの返納者は54人。前年同期は29人で、ほぼ倍増している。両署ともに、返納制度が始まった2011年以降、返納率は上昇傾向にあり、今では2―3倍の返納者数になっている。

 丹波署の見立てでは17年3月に道交法が改正され、免許更新時に認知機能検査が義務付けられたためとみられるという。

 県全体では昨年、約2万1000人が免許を返納し、うち65歳以上が96・4%を占めた。

踏み間違い事故も発生「気が動転」

 一方、丹波署管内では、今年1―4月に発生した人身事故48件のうち、高齢者ドライバーに大きな過失がある事故は18件だった。

 篠山署管内では、5月、市内のホームセンターの駐車場で高齢の女性が運転する車がアクセルとブレーキの踏み間違いでフェンスに突っ込む物損事故が発生している。「タイヤが縁石にぶつかりパンクしたことに気が動転してペダルを踏み間違った」と証言しているという。そこに人がいれば大惨事だった。

 ただ、高齢化や悲惨な事故の影響で免許返納が増えているとはいえ、地方では住民の「足」となる車に乗れない状況を自らつくり出すことは、「死活問題」と言ってもいい。しかし、抜本的な解決策は誰も持ってはいない。

 この状況に家族や行政はどのような思いを抱いているのか。

 (下)に続く。