古代は短冊ではなく「糸」 七夕の歴史ひも解く 笹には厄除けの力あり


写真・七夕の歴史を紹介し、七夕の節句をイメージした展示=兵庫県丹波篠山市西新町で

 きょう7月7日は七夕(たなばた)。誰しも一度は、「ささの葉さらさら」と歌いながら、願いを書いた短冊を笹につるしたことがあるでしょう。兵庫県丹波篠山市西新町の「武家屋敷安間家史料館」では、七夕にちなんだイベントを開いており、その歴史を紹介しています。

 同施設によると、七夕は、「しちせき」とも読み、五節句の一つ。節句とは、年間の節目となる行事を行う日のことで、こいのぼりを揚げる「端午の節句」も身近な節句の行事です。

 

 そして、現代に伝わる日本の七夕は、さまざまな行事や伝説が組み合わさったものといわれています。

◆織姫と彦星の伝説

 まず、七夕といえば、織姫と彦星。毎年、天候を気にかけ、晴れならば、天の川をはさんで輝く2つの星を見上げる人も多いでしょう。

 織姫の星は、「織女星(しょくじょせい)」(琴座のベガ)、彦星の星は、「牽牛星(けんぎゅうせい)」(わし座のアルタイル)です。

 恋に落ちた天の神様の娘の織姫と牛飼いの彦星が、仕事をしなくなったことから、怒った神様が2人を天の川の東西に引き裂きます。しかし、悲しみに暮れる2人は、さらに仕事をしません。困った神様は、年に一度、7月7日だけは会わせることにしたというストーリーで、中国の伝説です。

◆棚機津女の伝説

 次に、「棚機(たなばた)」という日本の古い行事があります。こちらは、乙女が着物を織って棚にそなえ、神を迎えて秋の豊作を祈り、人々のけがれを払うというもの。

 乙女は「棚機津女(たなばたつめ)」と呼ばれ、清い水辺にある機屋にこもって着物を織ります。その際に使われたのが、「棚機」という織り機です。

◆起源は乞巧奠

 最後は「乞巧奠(きっこうでん)」という、奈良時代に中国から伝わったとされる星祭り。これが日本の七夕の起源とされています。

 五色の糸を使った「願いの糸」を、竹竿の先に飾って星に祈ると、3年の間に願いが叶うとされました。そういえば童謡にも、「五色の短冊」や「お星さま」という歌詞がありますね。

 色と意味は、▽青=「徳を積む」▽赤=「父母や祖先への感謝の気持ち」▽黄=「信頼」▽白=「義理や決まりを守る」▽黒=「学業の向上」―。中国の思想で、万物を構成する五大要素、木・火・土・金・水にちなんでいるようです。

 乞巧奠は、平安時代には宮中や貴族の間で行われるようになり、内裏の清涼殿では、果物などやヒサギの葉に五色の糸を通した針をそなえ、一晩中、香を焚き、灯明をあげ、織女、牽牛の星をながめ、祈りをささげていたとされます。

 江戸時代になると庶民に広がり、そなえるものが糸から布、紙へと変わっていき、現在の形になりました。

 笹や竹を使うのは、まっすぐに伸び、生命力にあふれている神聖な植物とされ、厄除けの力があるとされたからです。

 同施設では、織り機をイメージした木組みや五色の糸を飾るなど、古代の七夕を再現しており、「七夕の歴史を知りつつ、童心に帰って七夕のひとときを楽しんでもらえれば」と話しています。

 今年は笹飾りに加えて、五色を飾り、古代の七夕を味わってみてはいかがでしょうか?