恩師の歌

2019.07.07
丹波春秋未―コラム

 高校時代の恩師の一人、由良琢郎先生の全歌集が発行された。亡くなられてから1年余。先生をしのびながら、ざっと目を通した。

 「人間はみな業といふ前科をば負ひて生きゐるごらんよ背中」。背中に担うのは、赤ん坊やリュックサックだけではない。期待も背負うし、責任も背負う。人生の重荷も背中で引き受ける。さらには業も背負うという。先生は、どんな業を負われていたのか。

 

 「アニミズムわれは信ぜず木は木として孤独に立つてゐるではないか」。アニミズムとは、自然界のあらゆる物に霊魂が宿っているという原始的信仰だが、この歌からは、非合理性や感傷を排して現実を冷徹に見つめる姿勢が感じられる。孤独に耐える覚悟、孤高に生きる誇りを読み取った。

 先生は20歳の頃、結核を患った。以来、病との縁は切れなかったようだが、歌人、国文学者として数々の仕事をされた。「いつ死んでもよき心境になりてゐし不思議な安堵 為すべきはした」。そう詠んだ10年後、「平成の世も晩年になりしなり成し残したることのかずかず」と悔やんだ。迷いから抜けきれないのも、業のなせる仕業か。

 「一生は丸めて捨つる紙くづのやうなるものと思ひて眠る」。先生が一生の間に残した歌は、捨てられる紙くずのようなものではなかったから、全歌集が発行された。(Y)

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