料理人から転身 孫ターンで就農 足立浩一さん(丹波市青垣町大名草)


 
50歳でもうかる農業を

 料理人として20年以上腕をふるい、4年前に農業に転じた。年間80―100品目を栽培する野菜を柱に、丹波栗を新植するなど、「50歳でもうかる農業」をめざし経験を積む。

 中学校卒業後、料理の道へ。最初に就職した南京町の有名店で出会った親方について各地を転々とし、兵庫に戻った後は居酒屋運営会社の総料理長を務めた。給料は良かったものの、1日13、14時間働くハードな仕事に将来不安を覚え始めた時に、父が何気なく言った「田舎へ行って畑でも耕せ」の声に背中を押され、父の故郷に「孫ターン」を決めた。

 「種をいつまいたらいいのかも知らなかった」ため、丹波市役所に研修先を斡旋してもらい、2年弱働いた後「くまゆき農園」として独立。農園名は、祖父の熊一さんと父の英幸さんから一字ずつもらった。

 たい肥を入れず、植物性有機分で土を肥やす。畑が1・9ヘクタールあるが、半分は土づくりのために休ませている。「農地はあるから、ぜいたくに使う」。

 料理人の経験からプロが欲しがる物が分かり、飲食店に供給するほか、市内の直売所、宅配、業者への販売など販路を広く持つ。近所の人も買ってくれる。

 「農業は、お金と手間をかけても、天候次第で全滅する理不尽な仕事」と言う。それでも、「野菜を通し、人とコミュニケーションをとれるのがおもしろい」とやりがいを感じている。

 農家が減り、国産農産物は供給が追い付かなくなり、今後需要は増えると見ている。「お金になる、と参入しても、技術も農地も機械も売り先も必要。農業は時間がかかる。50歳になった頃には農家有利の環境に変わっていると思う。兆しは、感じる」。42歳。