「安口」なんて読む? 正解は「大山椒魚」に由来 かつては井戸で飼う風習も


写真・川の中へと向かうオオサンショウウオ。9月9日は京都水族館が制定した「オオサンショウウオの日」=2017年9月10日午後零時44分、兵庫県丹波篠山市内で

 兵庫県丹波篠山市の東部にある集落「安口」。その読み方は、「ヤスグチ」でも「アンコウ」でもなく、「ハダカス」だ。特別天然記念物の「オオサンショウウオ」の異名が地名の由来とされる同集落には、その昔、数多くのオオサンショウウオが生息していたという。さらにオオサンショウウオを「水の守り神」として各家の井戸で飼う風習まであったそう。難読地名として知られる集落とオオサンショウウオとのかかわりを探った。9月9日は京都水族館が制定した「オオサンショウウオの日」―。

 

「山椒の匂いはしない」 地方によって異なる呼び名
写真・市内の河川で地元高校生が生物調査をしていた際、姿を現したオオサンショウウオ

 「オオサンショウウオ」という名前の由来には諸説あるが、頭部を中心に体表にぼこぼことした「いぼ」があり、「山椒の樹皮と似ている」とか、「山椒の匂いを発するから」などとされ、漢字では「大山椒魚」と書く。野外でオオサンショウウオを何度か観察したことのある地元の自然愛好者によると、「独特の匂いはあったが、決して山椒の匂いではなかった」そう。

 方言研究家・虫明吉治郎氏や、NPO法人日本ハンザキ研究所の池上優一研究員の論文や冊子によると、山椒の古語は「ハジカミ」で、オオサンショウウオは「ハジカミのような魚」として、平安時代の文献には、「ハジカミイヲ(ハジカミウオ)」と書かれている。

 また、地方ごとに、▽アンコウ、アンコ=兵庫県の南但馬から岡山県北東部▽ハンザキ=岡山県北部の中国山地沿いに広島県東部までと、島根県西部▽ハンザケ=鳥取県から島根県中東部▽ハダカス=岡山県北東部、兵庫県丹波篠山から京都府にかけて▽ハジックイ=奈良・三重・滋賀の県境界部―と呼び名が違う。

 

アンコウからハダカスへ 元伊勢参りが起因か
写真・その昔、オオサンショウウオが多数生息していたとされる「安口南谷川」=2019年9月1日午後3時47分、兵庫県丹波篠山市安口

 オオサンショウウオが、各地でアンコウやハダカスと呼ばれていることはわかるが、「安口」をハダカスと読むのは不可解だ。

 この点について、落合重信氏著の「ひょうごの地名再考」には、「江戸時代、丹波地方では、山椒魚のことをハダカスともアンコウとも言っていたのである。アンコウから『安口』の文字をあてていたが、方言としてアンコウよりハダカスが一般的になってきて、安口(アンコウ)が山椒魚だと知っている人たちが、いつしかこれをハダカスと呼ぶようになったのであろうか」と記載している。

 また、丹波篠山市の郷土史研究家・奥田楽々斎氏が編さんした「多紀郷土史考」には、「安口の村の名は、この辺りに数多くの鮟鱇が生息していたためだと思う。鮟鱇という字の魚片を取って安康とし、さらに康の字を口に略した。鮟鱇をハダカスと読ませているのは、鮟鱇の肌に糟のようなものがあるので、そう呼んだ」(要約)とある。

 一方、生まれも育ちも安口で、地域の歴史に詳しい男性Mさん(75)は、「江戸時代以前の話になるが、安口の村人たちが元伊勢(京都府福知山市大江町)へお参り(伊勢講)に出かけた際、街道の途中にハダカスの肉を売る店があった。ハダカスがオオサンショウウオのことだと分かり、『この生きものなら、わが村にもたくさんいる』と、それまでアンコウと呼んでいた村の名をハダカスに変更した、と若い頃、年寄りから聞いた」と話す。

 

谷川氾濫のたびに出現 井戸水をきれいに
写真・足立覚之助さんがその昔、オオサンショウウオを飼っていた井戸。「井戸で飼うなんてねえ」と恵美子さん。井戸は現在、コンクリートで補強されているが、当時は石組みだった=2019年9月1日午後4時半、兵庫県丹波篠山市安口

 Mさんが青年だった頃、集落を流れる「安口南谷川」が大雨で氾濫するたびに、田畑にオオサンショウウオが数匹流れ着いたという。「村では大昔から、捕まえたオオサンショウウオを自宅の井戸に放り込み、飼う風習があった。安口の地下水は金気が多かったので、オオサンショウウオが浄化してくれるなどの迷信があり、水や井戸の守り神とされていた」と話す。

 同集落に暮らす土井忍さん(78)も、「70年近く前になるが、近所に足立覚之助さんという方がいて、井戸で飼育されていたのを思い出す。井戸に飛び込んでくるカエルや虫を食べてくれるので水をきれいに保てるとか、言っていた」と懐かしむ。その井戸は現存しており、直径は75センチほどで、水面までの深さは約2メートル、水深は不明。濁ってはいるが今も水を湛えている。

 「覚之助さんは私の義祖父で、嫁ぐ2年前に亡くなっているのでよく知りませんが」と話す足立恵美子さん(83)は、「私の里(丹波篠山市野尻)では、井戸にサンショウウオなんて聞いたことがありませんよ」と笑う。

 当然、今は行われていない風習で、特別天然記念物に指定されている現在では、許可を受けずに触れたり、捕まえて飼育すると罰せられる。

 

地名に生息した名残あちらこちらに ダム建設で姿消す
写真・「安口南谷川」上流部にある「アンコウ岩」=2019年9月1日午後2時39分、兵庫県丹波篠山市安口

 その昔、数多くのオオサンショウウオが生息していたことを証明するかのように、安口の地内にはオオサンショウウオに関係する地名が残っている。

 安口南谷川と籾井川(篠山川の支流)が合流する場所を「アンコ淵」、集落の民家が途切れた場所から同谷川上流に向けて約20分歩いた山奥には高さ約5メートルの奇岩「アンコウ岩」がある。この岩の脇を流れる渓流に、数多く生息していたという。

 

写真・50―60年前にアンコウ岩の脇に造られた砂防ダム。これ以後、谷川の氾濫はなくなったが、オオサンショウウオの姿も見られなくなったという=2019年9月1日午後3時5分、兵庫県丹波篠山市安口

 しかし、50―60年前に砂防ダムが完成。かつてのすみかだったアンコウ岩の真横には巨大なコンクリート製のえん堤が建っている。

 Mさんは、「当時、アンコウ岩の辺りへウナギ獲りに出かけた村の先輩たちが、よく『アンコウがおった』と言っていた。砂防ダムができてから谷川が氾濫することはなくなったが、それっきり、オオサンショウウオを見かけることもなくなった」と話した。

 

 

 

 

 

 


【オオサンショウウオ】 岐阜県以西の本州、四国、九州の一部で、主に河川の上・中流域に生息する世界最大の両生類。大きな個体では全長約150センチ、体重は35キロにもなる。70年以上生きた個体もいる。日本固有種で、1952年に特別天然記念物に指定された。丹波篠山市内でも3地区で生息が確認されている。3000万年前の化石と今の姿がほとんど変わっていないことから「生きた化石」と呼ばれる。人為的に持ち込まれたチュウゴクオオサンショウウオが日本国内で野生化しており、京都市の複数河川で日本産オオサンショウウオとの交雑が問題となっている。

【オオサンショウウオの日】 オオサンショウウオの姿が数字の「9」に似ることや、9月頃、繁殖のために活発になることから、京都水族館(京都市)が一般社団法人日本記念日協会へ申請し、昨年4月に認定された。