「間」と「魔」

2017年02月19日

 敗戦から3カ月後の昭和20年11月、篠山の元歩兵70連隊の中庭で野球の試合が行われた。対戦したのは、連隊の兵舎へ進駐してきたアメリカ人のチームと全篠山。手元の資料によると、「多紀郡を挙げて観戦に馳せつけた」とある。▼翌年の11月、多紀軟式野球協会が誕生した。それが今の篠山軟式野球協会の始まりで、このほど協会の創立70周年を祝う記念式典が開かれた。長い歴史に感心すると同時に、野球がどれほど愛されたスポーツであるかを再認識する。▼人気に陰りが見える野球だが、それでもなお国民的スポーツであることに変わりない。野球が日本に根づき、愛されている理由の一つは日本人の感覚に合っていることもあろう。感覚とは「間」のこと。▼野球は実に間の多いスポーツだ。投手が投げるまでの間、攻撃と守備の間、選手交代の間…。「またそれがいかにも日本的な“間”なんだ」と、ビートたけしさんは著書『間抜けの構造』に書き、スポーツや芸術、芸事をはじめ、あらゆるジャンルで間というものは決定的に重要だとする。▼投手にとっては、打者の間をいかに外すかが大事で、しくじれば痛打を浴びる。「間というのは魔という字を書く」とは6代目尾上菊五郎さんの言葉。この含蓄の深い言葉は、確かにどのジャンルにも通じそうだ。(Y)

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