丹波荒熊

2017年12月11日

 きのう12月9日は「漱石忌」。漱石の代表作『吾輩は猫である』に丹波篠山が登場する。黒くたくましく筋肉が発達し、一騎当千の猛将とおぼしき中学校の生徒たちを、まるで丹波篠山の生まれのようだと書いているのだ。漱石はなぜ若い猛将たちを表現するのに丹波篠山を持ち出したのか。

 この謎について、「多紀郷友会」発行の会誌『郷友』(今年9月発行)で山口博美氏が推論を展開している。山口氏はデカンショ節が関係しているとし、具体的には「丹波荒熊男子の胆に爺(おやじ)これ見よ毛が生えた」という歌詞が、漱石をして丹波篠山のイメージを膨らませたとみる。

 肝っ玉に毛が生えるほどにふてぶてしい。篠山にはそんな猛将がひしめいていると、漱石は「丹波荒熊」から想像した。筋の通る推論だが、篠山には実際、かの信長が「肝に毛を生ずというべし」と感嘆した人物がいた。松平信一である。
 1991年12月発行の『郷友』に南松雄氏が書いている。それによると、信長の近江攻めで武功をあげた信一に対して、信長はそのようにほめた。信一の養子とその子はやがて篠山城主となり、信一も篠山に移って寛永元年、篠山で没したという。

 肝に毛が生えた人物が篠山に来て、終焉を迎えた。この歴史の妙味をさすがの漱石もご存知なかったろう。(Y)

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