掃除

2012.01.28
丹波春秋

 中学校に進学しても、「続けられる限り続けたい」と書道教室に通っていた中学2年の男の子がいよいよ教室をやめることになった。その最後の日、少年はタワシと雑巾を教室に持ってきていた。教室での稽古が終わり、席を立った少年は教室を離れた。▼教室に戻ってくるはずなのに、なかなか戻ってこない。『トイレにでも行ったのかな』と思っていた先生はそのうち不思議に思い、階段をのぞいてみた。すると、その少年は墨の付いた柱を一生懸命に拭いていたという―。こんないい話が本紙5面の読者投稿欄「自由の声」に載っている。▼投稿者は、少年の行動に感激した書道の先生。「多くの子を教えたが、掃除をした生徒は初めて」という。先生ならずとも、投稿を読むだけで『最後の日に人知れず掃除をするなんて、できた子だな』と感心する。▼但馬の元小学校長で、ペスタロッチ賞などを受けた教育者、東井義雄氏は、掃除についてこう定義している。「掃除は、人間が生活で書く答案だ。自分がどれくらいのしろものであるかを示す人間の答案が掃除だ」。少年が提出した答案は満点だったと言っていい。▼東井氏は「第一義のものは掃除でなくて、掃除がしっかりできるような子どもを育てること」とも書いている。投稿者と同様、少年の両親にも頭が下がる。(Y)

 

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