彼岸

2012.03.21
丹波春秋

 「毎年よ彼岸の入りに寒いのは」と子規は母の言葉を詠んだが、今春は中日が過ぎてもなお寒い。「月日過ぎただ何となく彼岸過ぎ」(富安風生)なる句も頭をよぎる。昨年の今頃、柏原高校のセンバツ出場50周年の記念行事をし、義援金を東北の代表チームに送ったことが、つい昨日のようだ。▼漱石の小説に「彼岸過ぎまで」というのがある。明治45年、ちょうど百年前、朝日新聞に連載された。しかし標題のような季節性は全くなく、「元日から始めて彼岸過ぎまで書く予定だから単にそう名付けた」と前書きが付いている。▼経済的に恵まれ大学を卒業しているが社会には出ようとしない青年が主人公。感受性が強く屈折した人格の恋愛感情をめぐる心の葛藤が描かれ、やがて大正に変わろうとする時代状況などはほとんど反映していない。▼漱石特有の諧謔性や毒気は弱く、エネルギーがあまり感じられないのは、生死の間をさまよう大病を患った後のせいか。当初は前年の夏に連載を始める予定だったのが、だらだら先送りされたとかで、追い込まれながら筆を執った気配も。▼大文豪に同情仕切りだが、この作品が近代インテリのエゴ、相克といった同様のテーマを扱う「行人」や「こころ」につながって花開いたとすれば、だらだら時間も無駄ではなかったのだろう。(E)

関連記事