「歯」

2012.06.02
丹波春秋

 「歯」という文字には、「年齢」という意味があるらしい。手元の漢和辞典によると、「歯が年齢によって生滅するところから」とある。「歯髪(しはつ)」という言葉がある。歯が欠け、髪が白い様子をいい、老人を意味する。年をとると、歯が弱くなるのは自然の成り行きなのかもしれない。▼この点、姥(うば)捨て伝承をテーマにした深沢七郎の小説『楢山節考』に登場する、おりん婆さんは異色だった。70歳になっても、歯は1本も欠けていなかった。しかし、それはおりんにとって恥ずかしいことだった。▼食糧が乏しく、ひもじい家々が寄り添う村では、食いぶちを減らすため、70歳になった老人は山に捨てるのが掟になっていた。その掟を受け入れ、自分から進んで捨てられようとしたおりんは、火打石を手に取り、自ら歯を砕く。山に捨てられる年になっても、ぎっしりと揃った歯は、村人からも家人からも馬鹿にされたのだ。▼どんなに硬いものでも噛み砕くことができる健康で丈夫な歯は、たくましい生命力を象徴しているとも言える。「歯髪」の髪は致し方ないにしても、歯だけは年をとっても健康を保ち、生命力を維持したい。▼年長で徳の高い人のことを「歯徳(しとく)」という。歯そのものも健康な「歯徳」でありたいものだ。4日から「歯の衛生週間」。(Y)

 

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