東北の被災地

2013.05.01
丹波春秋

 久々に東北の被災地へ。仙台行の飛行機で隣席だった熊本の会社の社長さんは、宮城に支店があってしょっちゅう往来しているとか。震災当日、北海道に出張中で午後2時頃仙台空港着の予定だったが、急用で福岡行きに変更、そこで地震を知った。一帯が壊滅し多くの犠牲者が出た仙台空港。数カ月し運航再開後、カウンターの顔馴染みの職員らが「よくご無事で」と迎えてくれた。▼筆者が2年前行った岩手では、タクシーの運転手から「東京の会社から釜石に出張していた営業マンが、『今から大槌に向かいます』とメールを遺したまま消息を絶ち、会社からの捜索隊を乗せて10日間走り回ったけれど…」という話を聞いた。人の運命は本当に神様にしかわからない。▼気仙沼の市街は、瓦礫こそきれいに片づけられ、魚市場の建物も復旧したが、造船所や水産加工場が集積していた沿岸部は、どこまでもだだっ広い空地。そんな中で、ファンドの資金に支えられ再開にこぎつけた事業所を訪ね、笑顔に出会えたのは嬉しかった。プレハブの復興商店街も活気を取り戻しつつあるようだ。▼帰途福島で立ち寄った旧友は、緊急時の電力確保や高所放射線測定システムの事業部を立ち上げ、「震災前より余程忙しい」と目を輝かせた。自然の前に人間は無力に違いないが、しかし、なかなかに強い。(E)

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