日本の原風景

2013.10.05
丹波春秋

 早く目覚めた日の朝、家の近くを歩く。じっとりと汗ばむ夏場と違い、今は心地いい。稲の刈取りが終わった田んぼ、コスモスや彼岸花、道に転がる栗。年々歳々、変わらぬ秋の風景が広がる。木々でおおわれ、静かに眠る神社は、近く秋祭りでにぎわう。▼ある大学教授が、芸術系の学生たちに自分の考える日本の原風景をスケッチさせた。大半が町の生まれの学生。しかし、ほとんどが、山や里に囲まれた田畑、小さな川、神社や農家の家々を描いたという。現代の若者たちも日本の原風景と聞くと、村里を連想する。▼村里には、先祖たちから連綿と受け継がれてきた営みがある。先祖たちを包み込んだ風景が今も残る。暮らしの機器がどれほど変わろうとも、先祖と共にある暮らしが今も息づく。昔と今が融合し、時の歩みが止まっている永劫の風景。だからこそ、若者にとっても日本の原風景と映るのだろう。▼人は生まれ、やがて老い、息を引き取る。生きている限り、生老病死の悩みがつきまとう。しかし、最後の苦しみの死を迎えたとしても、先祖と共にある村里は死者を受け入れる。死者が作り出した世界に支えられて、村里の営みがあるのだから。▼今年も、秋祭りの季節が巡ってきた。にぎわいを呈する村里に先祖たちもそっと忍び寄ってくるかもしれない。(Y)

 

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