栗村製作所社長 足立亦三郎さん

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社員一丸で構造改革
栗村製作所社長 足立亦三郎さん  (大阪府豊能町在住)
 
(あだち・またさぶろう) 1937年 (昭和12年) 青垣町文室生まれ。 柏原高校を卒業。 社長室長、 取締役総務部長、 常務、 専務を経て、 昨年に副社長。
 
 ポンプの製造販売を手がける粟村製作所 (大阪市、 大証二部上場) の代表取締役社長に就任した。 「これまで、 売上至上主義で利益を伸ばしてきたが、 景気低迷により、 近年受注が減少の一途。 世界で三本の指に入る技術力を誇る得意分野の民間向けの真空ポンプに特化することで、 業績悪化を食い止めたい」 と抱負。
 一口にポンプといっても、 幅広い用途を持つ。 上下水道、 農業用排水、 集落排水など公共用のほか、 食品、 原子力、 電力、 化学といった分野の民間需要も多い。 現在、 公共用が70%、 残りが民間。 「大手メーカーが中国に生産拠点を移す傾向のなか、 民間の受注が減り気味。 真空ポンプは、 民間需要拡大の切り札」 という。
 さらに、 安い材料を仕入れたり、 自社生産していた不採算部門の製品を他社に出して生産し、 粟村のブランドで販売する (OEM) など、 これまでのやり方を改め、 生産コストを抑える努力もしている。 「社長就任後、 真空ポンプへの特化、 総合流体機器メーカー・エンジニアリング会社をめざすため、 中堅社員が中心になって、 二つのプロジェクトを作っており、 社員一丸となって厳しい環境を乗り切るための構造改革が至上命題。 8月末には、 最終答申がまとまる」 という。
 前社長の病気辞任により、 副社長から子会社を含んで、 社員350人のトップに。 「1年で結果を出さなければ私を含め、 全員辞めてもらう」 と役員会で断言するなど静かな口調のなかに、強い責任感と闘志がにじむ。
 高校を卒業後、 遠縁の郷土出身者が会社設立の発起人になっていた関係で、 誘われて入社。 「労働争議がしばしば起こった時代。 勤労課長として、 交渉にあたった。 うわべだけでは、 納得は得られない。 労働組合の中に入り、 理解してもらうように心がけました」 と当時を振り返る。 「丹波出身者特有の粘り腰ですかね」 と苦笑する。
 最近、 旧神楽中学の同窓会に出席。 「亡き友の墓参を兼ね、 幼少時代の思い出の地である故郷を訪ね、 同級生の温かい言葉にふれうれしかった」 とやさしい表情をみせた。 (臼井 学)

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