浪曲一筋55年で文化庁長官表彰 真山一郎さん

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 長年、 浪曲師として活躍し、 その業績をたたえられて今年度の文化庁長官表彰を受けた。 今年で芸能生活55年目を迎え、 現在、 2度目となる社団法人浪曲親友協会の会長も務める。 20万枚以上の大ヒットになった演歌浪曲 「日本の母」 をはじめ、 「刃傷松の廊下」 など演歌でも数々のヒットを飛ばしている。

 「小学生のころから、 当時大スターだった広沢虎造や寿々木米若らにあこがれ、 将来は浪曲師になると心に決めていました。 農家の長男なので親の大反対を受けましたが、 何とか説き伏せて18歳で弟子入りしました。 故郷を出るときには父親が同級生や近所の人を集めて送別会をしてくれました。 うれしかった反面、 『一人前になるまで帰ってくるな』 という父の厳しい思いが伝わりました」
 「昔から1人で浪曲の練習を続けてきたせいか、 入門3日で初舞台に立ちました。 その分、 兄弟子から生意気だと言われ、 何かにつけてビンタを浴びせられて夜、 布団をかぶって泣いたこともあります。 しかし 『なぐったやつは舞台で見返そう』 と根性を入れて頑張り、 1年ほどで兄弟子を抜いて師匠と二大看板をはれるまでになりました」
 「結婚後、 師匠から独立したのですが、 座長として一座を食わしていかねばなりません。 苦しい生活を続けながら全国を回り、 家に残した妻や2人の子どもにはずいぶん寂しい思いをさせました。 今回の受賞は家族の支えがあってのことです」
 「浪曲も時代とともに変わっており、 昔は三味線がつくだけでしたが、 オーケストラの演奏や効果音を入れた“演歌浪曲”を始めました。 決して年寄りだけのものではない。 おじいさんに連れられたお孫さんが、 私の浪曲を聞いて泣きじゃくったこともあります。 子どもでもわかるんです。 もっと若い世代を浪曲界に呼び込むため、 生涯現役で頑張りたい」

 13年ほど前に自然のある暮らしを求め、 妻の照子さんと丹波に移り住んだ。 畑仕事と毎日大きな声で歌っていることが、 健康と若々しさを保つ秘訣でもあるようだ。 「生涯現役」 の言葉どおり、 これからもいっそうの活躍が期待される。 山口県出身。 篠山市今田町辰巳。 73歳。 (Z)

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