「諸子は其品性に於て其実践に於て自ら以て足れりと誤認することなかれ。


諸子は其品性に於て其実践に於て自ら以て足れりと誤認することなかれ。吾人の特性修養は終生一日も廃弛すべきにあらず。諸子は爾今自身の教育によりて之れが修養を努めざるべからず」。▼柏原高校で104年前の第一回卒業式の式辞が発見された。大江礒吉校長の、ひたすら自己を磨くことを説いた文面から、島崎藤村の「破戒」のモデルとされる彼の人格、思想が改めて伝わってくる。▼103名の第一回入学者のうち卒業できたのは、経済的理由などからわずか23名だった。当時中学は全国で156。今の大学よりはるかにエリートで、卒業生は官途や軍人をめざした。▼大江は2代目校長として赴任。郡立から県立への移管、授業料の値下げなど矢継ぎ早に改革を断行したが、「大江礒吉の生涯」(荒木謙著)によると、前任校長時代の報徳教理と武道を尊ぶ『日本男児』的な教育から、個人の人間性を尊ぶ教育への転換が生徒らにとまどいと不満をつのらせ、卒業式はボイコット寸前に。▼そのさなかにしたためられた式辞。しかも日露戦争直前という時勢にあって、「国家有為の人材に」といった文面は全く見当たらず、「本校で受けた教育をもとに、どの道につこうと一層自分を教育せよ」という。そこには、真のエリートを育てたいという大江の気迫がこもっている。(E)