削られた「光秀」の名 恨みか「いたずらか」 戦国武将招魂碑の謎/兵庫・丹波市


写真・「光秀」の名が削られた石碑=2018年12月10日午前11時14分、兵庫県丹波市の黒井城跡登山道で

 兵庫県丹波市の国指定史跡「黒井城跡」の登山道途中に、戦国武将の同城主・赤井(荻野)悪右衛門直正の招魂碑があり、漢文で直正の生涯が彫られている中、1570年代に行われた丹波国平定戦「丹波攻め」を記した箇所で登場する明智光秀の名前が何者かによって削られている。碑の建立は文政2年(1819)と刻まれており、丹波攻めから約240年を経過して建てられたもの。丹波市文化財保護審議委員の山内順子さんに漢文を解読してもらい、全体の内容を調べるとともに、光秀の名が削られた理由を探った。戦によってかつての主君を討たれたことによる憎しみか、村を焼かれた恨みか、それとも「いたずら」か―。

「丹波攻め」で戦った光秀と直正

 丹波国に覇を唱えていた赤井悪右衛門直正は、「丹波の赤鬼」の異名を持つ。武田氏の軍学書「甲陽軍艦」に「名高キ武士」として「丹波ノ赤井悪右衛門」と記されている。

 天正年間、織田信長の命により、明智光秀を総大将とする「丹波攻め」が繰り広げられた。これを迎え撃った直正は同3年、のちに「赤井の呼び込み戦法」と呼ばれる、明智軍を挟み撃ちにする戦法を展開。光秀は総退却を余儀なくされた。光秀は同6年、再び黒井城を攻め、直正を病で失っていた赤井方は敗れ、黒井城は落城した。

5カ所中3カ所で削られる

写真・「明智光秀」の4字が削られている

 招魂碑は、「赤門」と呼ばれて親しまれている門がある山の中腹「石踏(せきとう)の段」にたたずんでいる。台座の石垣を含めると高さ2・5メートルほどあり、正面には「故緇井(くろい)邑主 赤井公招魂碑」と刻まれている。正面の左側から漢文が始まり、向かって左側面、背面、右側面の順に彫られている。

 直正の出自を紹介し、生涯をたたえる内容が刻まれている。碑の中で「光秀」の名前が登場するのは5カ所あり、うち3カ所が削られている。いずれも「丹波攻め」に関する部分。「大将軍(織田信長か)が○○○○を遣わし二丹(丹波・丹後)を征めた」とあり、4文字が削られている。ただ、うっすらと「明智光秀」の文字が残っている。さらに、光秀軍を挟み撃ちにして退却に追い込んだ作戦「赤井の呼び込み戦法」に触れた部分では、「○○奔(逃げるの意味)」と2文字が削られており、ここも「光秀」の文字が薄く残っている。

 直正が亡くなったあとについて触れた部分では、「○○再挙」とあり、ここも2文字が削られているものの、薄い「光秀」の文字を確認できる。

研究者が示す異なる見解

写真・削られているものの、うっすらと残る「光秀」の名

 黒井城を中心に、郷土史に詳しい村上正樹さんは、光秀の名が削られていることについて「丹波攻めでは寺なども焼かれたし、恨みは当然残っていただろう」としつつも、「いたずらの可能性が高い」と考えている。その根拠として、黒井城の落城後、戦後統治にあたった光秀の家臣・斎藤利三による下知状が白毫寺(同市市島町)に伝わっており、軍役容赦を示す内容が記され、領内への配慮がうかがえることを挙げる。さらに「利三が陣屋とした下館(現興禅寺)は『斎藤屋敷』と言われ地域に親しまれていたと伝わっているし、善政を敷いたのだろう。まして、碑は丹波攻めから240年ほど経過して建てられている。そこまで憎しみが残っているだろうか」と話す。

 白毫寺の荒樋勝善住職は、「光秀をたたえる側の仕業では」と推測する。「光秀は、戦の後には地域の復興にも力を入れただろうから、光秀自身に対して憎しみを持つ人はどれくらいいただろうか」と語り、光秀をかばうために、光秀の文字を削ったとみる。

写真・光秀の家臣・斎藤利三による、軍役容赦を示した下知状

 一方で、山内さんは「いたずらにしては手が込んでいる気がする」と話す。ただ、「○○奔」と「○○再挙」の2カ所で光秀の名が削られている部分に着目し、「漢文の意味を理解しているのであれば、光秀が逃げたという意味の『○○奔』の部分は削らなくてもよいはずでは」と首をかしげる。

 かつて光秀が治めた丹波亀山藩、現・京都府亀岡市文化資料館の学芸員・上甲典子さんは、「光秀の評価は時代によって異なる。評価が下がっていたときに削られた可能性もある」と指摘する。

 

削られたのは昭和2年以降?

 昭和2年発刊の「丹波氷上郡志」(丹波史談会)には、氷上郡内(現・丹波市)の金石文を紹介した項目があり、この招魂碑の漢文も全文、掲載されている。ここでは「光秀」の文字が記載されているため、この時点では招魂碑は削られていなかったとも考えられる。ただ、すでに削られていたものの、うっすらと「光秀」の名が残っていたために文字を拾ったか、前後の文から推測して「光秀」の名を記載した可能性はある。

 光秀は2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公。碑が伝える直正との戦も描かれるか―。