言い伝え

2019.02.17
丹波春秋未―コラム

 柏原厄除け大祭の舞台となる柏原八幡宮。鳥居をくぐり、石段を上り始めると、すぐ右手に小さな祠がある。明智光秀の丹波攻めにまつわる秘話をとどめた厳島神社だ。

 黒井城の攻撃に手を焼いた光秀をいら立たせる者がいた。光秀の軍に放たれる矢をつくっていた矢匠だ。その者の矢が光秀を襲い、あやうく難を逃れたある日の夕暮れ、とうとう我慢できなくなった光秀は、矢匠の一族を捕らえ、火あぶりに処した。

 一族の中で矢匠の妹だけは逃げおおせ、仏門に入って一族の霊を弔っていたが、後を追うように亡くなった。以来、沼地のほとりに夜な夜な幽霊が出るという噂が立った。光秀を恨んだまま亡くなった妹の霊に違いないと、心ある人によって小さな祠が建てられた。それが今の厳島神社という。

 この言い伝えが事実であるかどうかは知らない。しかし、事実でなかったとしても、光秀の丹波攻めに遭った我々の先祖たちの悲憤の思いをこの言い伝えから読み解くことができる。

 光秀にまつわる以外にも、言い伝えはほかにも多くある。その言い伝えには先祖の喜びや悲しみが託されている。年表にあらわされた史実だけが歴史ではない。年表からこぼれ落ちた先祖の喜怒哀楽をすくいとるために、言い伝えも歴史資料として後世に伝えたい。(Y)

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