知ってる?「My助産師」(3) 「妊婦をまるごと守る」 女性の9割望んだ調査も

2020.02.16
ニュース丹波篠山市産科問題

”お産の先進国”ニュージーランドなどにあり、女性の妊娠から出産、産後まで同じ助産師が寄り添い、継続してケアに当たる「My助産師制度」。同制度を参考に、兵庫県丹波篠山市が昨年から助産師派遣の取り組みを始めている。連載最終回では、派遣をへた妊婦と助産師の変化、なぜMy助産師が求められているのか、妊婦を取り巻く現状を追った。(森田靖久)

やっと会えたわが子と 互いに「得難い経験」

お母さんの指を握りしめる赤ちゃん。助産師の寄り添いはよい子育てにもつながるとされる=兵庫県丹波篠山市で

耳を澄ませば、穏やかな寝息が聞こえる。何物にも代えがたい、幸福の音楽だ。

 「日本妊産婦支援協議会りんごの木」の委託を受け、「My助産師」のモデルケースとして助産師の成瀬郁さん(52)が訪問していたA子さん(35)は、無事、男の子を出産した。
 1週間の産後ケアをへて自宅に戻ったA子さんのもとを、成瀬さんがモデルケースの最終回として訪問した。
 「昼間は母乳で、夜はミルクも足しています。昼間はよく寝てくれるけれど、夜は何をしても寝てくれない日があって」
 疲れは見えるものの、その表情は産前とはどこか違う。不妊治療や流産を経験し、ついにやってきたわが子。一時はうつ状態になりながらも、出産を終えたA子さんは、新しい家族との生活に戸惑いつつ、”満たされた”空気をまとっているように感じた。
 「うんちがネバっとしていることがあるんです」「言いたいことを泣いて訴えていると思うんですけど、しっかり感じ取れているか不安で」
 矢継ぎ早に質問を繰り出すA子さん。成瀬さんは一つひとつ丁寧に答えていく。
 「泣き声で何をしてほしいかなんて、私もわからへん」「泣くのはアピール。お母さんが反応してくれるだけで充分かもしれないよ」
 A子さんによると、産後、夫は食事を作ったり、おむつ交換を手伝ってくれているそう。義母も食事を届けてくれるなど、周囲のサポートを受けながら、母親としての人生をスタートさせた。
 「『やっと会えた』『長かった』。そして、『自分にも産めた』という気持ちです」とA子さん。産前は赤ちゃんを抱っこすることを怖がっていたが、「とても怖いと言っていられる状況ではなかった」と苦笑する。
 わが子の名前には、「人生いろいろあるけれど、『良かった』と思える一生であってほしいという思いを込めた」と寝顔をのぞきこんだ。
 A子さんが出産した日は、勤めている診療所の夜勤明けだった成瀬さん。モデルケースの約束にはなかったが、病院に駆けつけ、わがことのように新しい命の誕生を喜んだ。
 出産時、女性の体の中では、陣痛を促進する天然のホルモン「オキシトシン」が分泌される。オキシトシンによって子宮が収縮し、乳腺が刺激され、女性は母親になる。「幸福ホルモン」「癒しホルモン」などとも呼ばれ、愛情の形成にもつながるとされる。
 産後のA子さんを見た時に感じた変化は、オキシトシンによるものだったのかもしれない。
 そして、オキシトシンが分泌されるのは出産時だけではない。他者とのスキンシップや、ペットとのふれあい、何かに感動しているときにも男女問わず分泌される。
 成瀬さんは、「一人の妊婦さんに継続してかかわれたことは、私にとっても得難い経験。助産師の醍醐味を味わわせてもらった」と満足そうな表情を浮かべる。彼女もまた、「幸福感」を感じているように見えた。
産科閉鎖「ピンチをチャンスに」

A子さん宅で退院後の長男の健康状態をチェックする成瀬さん=兵庫県丹波篠山市内で

丹波篠山市がスタートさせた助産師派遣事業の担当助産師は1人で、派遣には制限(産前2回、産後1回)があるなど、妊娠、出産、産後ケアまで常に妊婦に”伴走”する本家・ニュージーランドの「My助産師制度」には遠い。

 それでも日本では珍しい制度。派遣実績はこれまでに計3件あり、いずれも妊娠や育児に不安がある妊婦で、助産師が寄り添い、継続して相談に乗ることで一定の成果が得られているという。
 事業を実施する市健康課は、「中核病院の分娩休止がきっかけではあったが、私たちもお産を根本から見つめ直した」と言い、「よいお産が『よい子育て』につながる。今後も制度を充実させていきたい」と話す。
 「よい子育て」を強調するのは、児童虐待が急増しているから。2018年度、全国の児童虐待相談件数は、15万9850件で過去最多。虐待の末、子どもたちが命を落とす悲しいニュースも後を絶たない。
 虐待防止にはさまざまなアプローチがあるが、My助産師制度を推進する専門家らは、妊産婦に寄り添い、母親になる準備をともに行う助産師の存在も、一つの解決策になると考えている。加害者の半数以上は実母だ。
 兵庫県も助産師のさらなる活用に前向きで、「一貫した助産師によるケアは、安心して出産・育児をし、児童虐待を防止するうえでも重要。My助産師についてもモデル実施に向けて調査・研究を進める」とする。
 県医務課は、「医師の不足や働き方改革の中で、専門職に仕事を移していく考え方が広がりつつあり、助産師の能力活用の重要性が高まっている」とし、県健康増進課も、母子保健の専門家会議の中でMy助産師制度について検討を進めていく方針という。
 「出産ケア政策会議」が17年に行った調査では、出産経験のある女性310人のうち9割がMy助産師を望んでいた。
 同会議メンバーで、佛教大学の日隈ふみ子教授(母性看護学、助産学)は、「全国的に産科の閉鎖が相次ぎ、大変な事態に陥っている。ハイリスクになれば当然、医療は必要で、大事な存在なのは言うまでもない。ただ、ほとんどの妊婦はローリスク。体作りや産む覚悟も含めて、助産師が生活に入り込み、妊婦をまるごと守れることができれば、医療のお世話になるケースを減らせるはず」とする。
 丹波篠山市の現状にも注目していると言い、「この取り組みが成功すれば、全国のモデルになり得る。ピンチをチャンスに変えてほしい」と期待を寄せている。
 =おわり=

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