”危機”の家紋の新たな動き 擬人化に「個紋」も 研究者「世界文化遺産になり得る」

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さまざまな家紋。日本文化の揺らぎで”危機”を迎えている?

昨年11月に本紙が報じた「あなたの「家紋」は? 知らない人増え”危機”」。日本独自の紋章「家紋」だが、研究者によると、自分の家の家紋を知らない人が増え、このままでは一般社会から消えてしまう恐れがあるという内容で、賛否を含めて大きな反響を呼んだ。「戦国武将のもので自分には関係ない」「消えて当然」という声に対し、研究者は、「そういう声もわかる。でも、家紋にも新しい動きがある」と話す。今、家紋はどこへ向かうのか―。

家紋研究家で日本家紋研究会理事の田中豊茂さん(66)=兵庫県丹波篠山市=によると、公家に始まり、武家で使用されてきた家紋。江戸時代になって徳川将軍家の「三つ葉葵」が権威の象徴になると、憧れから庶民の中でも家紋を使用する人が出てくる。そして明治。武家は衰退したものの、法律によって庶民も名字を名乗ることになり、特に禁止されなかった家紋は再び日本中に浸透した。

令和を迎えた今、自分の家の家紋を知らない人が増えてきている。家紋という文化が色濃く残っていたのは地方部だが、往来が自由になるにつれ、田舎を離れて都市部で暮らし始める人が増える。さらには実家の墓じまいも進む。そして世代をへていくうちに、名字は伝わっても家紋は忘れられていったのだという。

背景には、第二次大戦後、戦前・戦中の「家制度」が軍国的、封建的とみなされたことや、刀や調度品など家紋を入れて子孫に引き継ぐ “モノ”が減った現実がある―。

昨年掲載した記事をまとめるとこのような内容になる。この記事に対して、さまざまな反応があった。「わが家の家紋を考えるきっかけになった」「改めて実家の親と話した」などという感想もあれば、「現代社会には必要ないもの」「自分の家紋なんて知らない。庶民には関係ないもの」なども。

田中さんは、「多くの家では明治以降に家紋ができたので、『家紋は戦国武将や武士のもの』と思うのも無理はない」と理解を示しつつ、「明治時点では庶民でも、もとをたどれば帰農した武士だったかもしれない。それに当時の人は家紋を持てることがうれしかったはず。きっと一族みんなで相談し、家のこと、子孫のことを考えて決めた。そんな思いを感じてほしいと思います」と話す。

そして、「家紋にも新しい動きがいろいろあるんですよ」とほほ笑む田中さんの案内で向かったのが、”家紋伝道師”のもとだった。

 

家紋のおもしろさ伝える”伝道師”

 

”家紋伝道師”として活動する森本さん=2020年3月4日午後4時46分、京都市で

訪れたのは京都市(取材は緊急事態宣言発令前)。軒を連ねる町家の屋根には、魔よけの神「鍾馗(しょうき)さん」の人形が目を光らせ、文化的な香りが色濃く漂う。

そんな中に、家紋を掲げた工房があった。着物の変色を直したり、染み抜きなどをする染色補正業「森本」だ。

記者を迎えてくれたのは、同店の森本勇矢さん(42)。京都家紋研究会会長であり、家紋研究家、そして、近年、使い始めている肩書が「家紋伝道師」という。

「家紋の意味や由来も含めた『おもしろさ』を、家紋を知っている人にも知らない人にも伝えていくことが自分の役割だと思っています」

 

勇猛な武士や美少女で表現

そうほほ笑む森本さんに手渡されたのは一冊の本。その名も「家紋無双」。ページを開いてみて驚いた。

家紋を「擬人化」させた内容で、若い世代が好みそうな、かわいい、また、かっこいいキャラクターが並ぶ。もちろん、キャラクターだけでなく、家紋の由来や使用している諸家、有名人、代表的な家紋から派生したバリエーション―。かなり”濃い”内容だ。

出版社「知楽社」(奈良県橿原市)からの依頼を受けて2018年に発行した一冊。「話があったときは正直、悩みました。家紋は家のシンボル。それで『遊んでいる』と思われたらどうしようかと。家紋を汚しかねないので」と森本さん。しかし、同社が20、30歳代の男女それぞれ50人に行ったアンケート調査では、自分の家の家紋を即答したのはわずか7%にとどまり、実に79%もの人が「知らない」というデータが背中を押した。

近年、刀剣や艦船など、さまざまなものを擬人化することが話題。同社は、「若い人にも興味を持ってもらって少しでも注目が集まり、家紋が広がるきっかけになればと思って企画した」という。

 

「雁金」をイメージしたキャラクター

もちろん気になるのは、記者の家紋「丸に結び雁金」。どこか「ゆるキャラ」に通じるデザインから、かわいい系のキャラクターかと思いきや、黒い甲冑に身を包んだ勇猛な武士が描かれている。

解説には、中国の忠臣を描いた故事が紹介され、雁が群れて飛ぶ姿などから「絆の紋章」として使われたとするエピソードや、先が二股に分かれた武器「雁股」に由来することなども紹介。織田信長配下の猛将・柴田勝家などが使用していることから、「見た目とは異なる勇猛さが隠されています」と結ぶ。

わが家は武家に由来はなさそうだが、家紋に込められた意味をイラストとともにひも解くことは感慨深いものがあった。

 

「片喰」の家紋とキャラクター

ちなみ使用ランキング1位の家紋「片喰」のイラストは美少女。ヒトや動物に踏まれても何度でも起き上がる生命力が由来となっていることから、健気かつ元気な印象だ。また、カタバミに含まれる蓚酸(しゅうさん)が鏡の表面を磨くことに用いられたため、巫女風の衣装をまとっている。

 

 

 

 

「鷹羽」の家紋とキャラクター

兵庫・丹波地域でも使用されることが多い「鷹羽」はランキング3位だ。勇猛果敢に獲物を狩り、知性も高いタカ。その羽は矢羽根の材料にもされたことから、多くの武家で使用されているという。イラストは鷹匠の女性。表情からは知的かつ、好戦的な印象を受ける。

 

 

 

 

日本文化の結晶“Kamon”

「櫻」の家紋とキャラクター

森本さんは家紋5676点を収録した「日本の家紋大事典」も出版しているほか、昨年には初めての「家紋フェス」を開催。すそ野を広げるための講座やワークショップを展開した。

森本さんはテレビ番組への出演や講演会などでも活躍する。着物を扱う仕事柄、家紋については以前から興味があったが、研究の深化と伝道活動に力を入れるようになったきっかけは、東日本大震災だったという。

「被災地の映像を見ていると、お墓が倒れているのを見かけたんです。『そこにしかなかったかもしれない家紋が見られなくなってしまう』『豪雨災害も頻発し、南海トラフ地震もいつ起きるか分からない』と思ったら、いてもたってもいられなくなって」。そして、研究家から伝道師へと肩書を改めた。

徳川家の家紋は知っていても、自分の家の家紋は知らない。また、家紋自体を知らない人が増えている。そんな現代で、どういう形なら受け入れてもらえるか。伝道の旅は続く。

「英語に訳すならば、やっぱり“Kamon”。日本文化の結晶であり、日本人の心です。今、必要か不必要であるかと言われれば、不必要なのかもしれない。けれど、心は捨てられない。文化ってそういうものではないでしょうか」

そして、森本さんは続けた。

「どの家紋もモチーフの大半は家や子孫を『守る』という意味が込められています。つまり、家紋はご先祖様から受け継がれてきた『お守り』なんです。家紋は時代と共に存在理由を変えてきました。ネット時代の現代。国の境界線すらなくなっている中で、日本人が日本文化の一つとして家紋を知っていてもいいのではないでしょうか」

 

誕生日に花個紋カジュアルに

寺本さんが考案した「花個紋」。3月23日は「乙女椿」

森本さんや田中さんによると、家紋を専門に研究している人は全国を見渡しても両手で数えられるほどしかいない。

しかし、森本さんと同じく、家紋を現代社会に伝えようとする動きはほかにもある。

「366日の花個紋」を展開する寺本哲子さん(55)=東京都町田市=もその一人だ。

寺本さんが考案した「花個紋」は、うるう年の2月29日も含め、366日それぞれに誕生日を象徴する花の紋章を設定。名の通り、家に属した家紋ではなく、個人に属する紋章で、花の姿や伝統行事、季節、性質、歴史を踏まえて設定している。

例えば3月23日は、「乙女椿」。意味は「華麗」で、「そこにいるだけで周囲を華やかな印象にさせる」とする。

サイト「366日の花個紋」からは、自分の誕生日の花個紋を手ぬぐいやカップ、お膳などに入れた商品を購入することもできる。

また、業者とタイアップした花個紋付きの節句人形も展開しているほか、学校の卒業式で贈る記念品に、生徒それぞれの誕生日に合わせた花個紋を入れたこともあるという。

寺本さんは、「わが家にも家紋はあり、基礎知識だと思っていたが、意外と知っている人が少ない。もしかすると、家紋が当たり前なのは私たちが最後の世代かもしれない」と話す。一方、「家の紋章である家紋は、現代社会には『重すぎる』のかも。けれど、人と違うものは喜ばれる時代でもある。紋章をもっとカジュアルに楽しんでもらえたらうれしい」と呼びかけている。

 

株から一枚の葉「家紋の極み」

田中さんおすすめの「古木柏」

家紋にまつわる一連の取材を通し、記者もその一端、魅力を垣間見た。

田中さんは言う。

「今の時代に必要ないといった意見も正しいと思う。けれど、なくすにはあまりに惜しい文化。研究家としては、家紋は世界文化遺産にもなり得ると思っています」

最後に田中さんおすすめの家紋を一つ。木の株から柏の葉が一枚生えている。「古木柏」。

家紋は家が代々つながることを祈ったもの。そのためには、地位や財産をなくさないことが一番大切になる。

「古木柏」には、たとえ株だけになったとしても、また芽を出してやるという思いが表現されており、「家紋の極みだと思っています」と目を細める。

とかく合理主義が求められやすい昨今。家紋を自分自身にひも付けされた歴史・文化として見つめることができれば、その意義、存在価値も変わるのではないだろうか。

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