「治そうとすることに家族の苦しみ」 小説「老乱」医師が書いた介護物語【認知症とおつきあい】(13)

2021.04.08
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もの忘れがひどくなり始めた父親と家族の日常をリアルに描いた文章で始まる小説「老乱」に出合った。作者は医師である久坂部羊氏だ。

妻を亡くして一人で暮らす父と息子家族の物語だ。物忘れが出始めた父の行動と心理状態を克明に描写した様は表情までも脳裏に浮かんでくる。

医師の目で観察し描かれた認知症の父の不安や苦しみ、時にしたたかさなどの心の描写は巧みで鋭い。息子・嫁・娘のそれぞれの立場の違いの微妙な心の動きや互いの絡みが現実的だが、ドロドロした家族の争いでもない。

嫁と友人たちのおしゃべりで、介護をめぐる社会の動きや話題が市民目線でちょっとおかしくも表現されている。現代社会のどこにでもあるような認知症の親を抱える家族とそれを取り巻く親族の物語ともいえる。

徐々に進行していく父親を医療受診まで導き、「認知症」という診断を聞いた家族が、介護保険の申請をし、介護サービスを利用する中で次々と起こるトラブルに巻き込まれながら、何とか乗り越えていく。困難に立ち向かう家族はそれぞれの思いを持ちながらも、他の家族を思いやる気持ちを忘れていない。

同じ介護中の友人から誘われて参加した認知症の講演会で、ある医師に巡り合う。医師は日本の医療や介護の現状を語り、本人と家族にとって介護の意義を示している。

この物語で心に残る言葉は、「認知症を治そうとすることに、家族の苦しみがある」という医師の一言。医師は家族の困難に寄り添って助言を送り続ける。この後は、ぜひ読んでいただきたい。今、介護中の方々にとって参考になる本だと思う。

今、進行する認知症と向き合っている家族の物語が、少しでも本人と家族にとって苦しいものでないように。介護を受ける人も介護する人も、生きること・介護することの意義を見つけられるように。

寺本秀代(てらもと・ひでよ) 精神保健福祉士、兵庫県丹波篠山市もの忘れ相談センター嘱託職員。丹波認知症疾患医療センターに約20年間勤務。同センターでは2000人以上から相談を受けてきた。

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