「やらせる」必要なし 選手を成長させるコツ語る 「侍ジャパン」ヘッドコーチの白井さん

2022.01.23
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プロ野球選手を指導した経験を語る白井さん=兵庫県丹波市柏原町柏原で

野球の日本代表「侍ジャパン」のヘッドコーチを務める白井一幸さんの講演会が15日、兵庫県丹波市柏原町柏原のたんば黎明館で開かれた。同館に入居するル・クロ丹波邸の主催。集まった40人ほどを前に、「プロ野球指導者に学ぶ人間関係構築の技術」と題し、選手に対し「怒らない」「教えない」「強制しない」指導で成長させてきた経験を伝え、スポーツ以外でも活用できることを紹介。学びと行動を車の両輪に例え、共に実践してこそ成長につながると語り掛けた。要旨を掲載する。

普段、私たちが取っているコミュニケーションは、意外と自分の感情に合わせたものになっていて、相手に合わせる必要がある。これを実践し、常勝チームになったのが日本ハム(ファイターズ)だ。常勝チームであり、若手の育成チームとも言われている。

かつて、スポーツの指導者が行うのは「指示」「命令」「恫喝」だった。日ハムは、選手自らが考えて行動し、成長することを大切にし、選手が力を発揮しやすい環境づくりに焦点を合わせ、他球団と差別化を図った。こういう手法を導入したのが2001年、私は2軍監督だった。

私が主力選手だった1980―90年代、日ハムは非常に弱かった。選手、指導者ともに頑張ったが、成績は低迷。大切なのは努力の方向性で、これを間違うと結果は出ない。

指導者になり、指導者側から見た指導の間違いに気付いた。それは、▽結果に対し怒る▽負けやミスの原因を教える▽猛練習をやらせる―ことだ。確かに、これらを実践すれば、指導者として評価が得られた時期はあった。でも、この指導は間違っている。

過去の失敗を思い浮かべてほしい。野球でいうと、ミスした選手が一番ショックを受け、反省し、落ち込んでいる。ベンチには下を向いて戻るだろう。この選手を、指導者は叱りつける。選手のプラスになるだろうか。その後、良いプレーができそうな気持ちにはならない。指導者は選手の成功を支援するべきだ。

選手を怒ることと、「次はミスするなよ。分かっているだろうな」と脅すことはセットだ。選手は失敗しないよう気合を入れるが、「俺のところに打球が来ないでくれ」と思う。怒ったり、脅したりするのは、失敗を助長しているようなものだ。

「教える」ことは大事だ。だが、私たちは教え過ぎていて、この弊害はたくさんある。子どものころから教え続けられ、分かり切ったことをミスしたからといって、また同じことを教えられる。選手が思うことは「言われなくても分かってるわ」。そして、その場をうまく逃れるために、「はい、すみません」と言ってすぐに謝る。これは指導者の言葉を聞いていない証拠。分かり切っていることを教えられるのは、聞く必要はないからだ。人間関係も悪くなる。

教え過ぎる弊害は、人が考えなくなるということ。先生や親は、なんでも丁寧に教えてくれる。それを忠実に守り、実行すると「良い子」と言われる。そして、社会に出ると言われるのは「言われたことしかできない」「ちょっとは考えろ」。つまり、考えるという習慣がなくなってしまう。教えている方としては、自分がすごく仕事をしているという気もする。

次に「やらせる」という行為。やらされて、やる気になる人はいない。やる気は、自らがうまくなりたいというときに出て来るもの。やらせるのは、やる気をそぐ指導で、メリットはない。例えば、テストの結果が悪いと言って、親が子に勉強をやらせる。このとき、子どもが集中しているのは勉強ではなく、親が部屋に近づいてくる気配だけだ。

怒って脅し、(猛練習を)やらせる。ミスや負けが多いチームほど、この回数は多くなる。弱いチームの指導者が猛練習をするのは、自分の立場を守る意味もある。この指導をするのは、指導者の責任逃れでもある。

指導者にとって大切なのは指導者らしさではなく、選手の成長や成功だ。私は、エラーした選手に「ミスはつきもの。ミスした後ほど元気を出そう。お前は誰もいないところで、こつこつ頑張っているじゃないか。お前なら必ずできる。ミスを取り返せ」と言った。良いプレーができる可能性が高まるのは明らかだ。人は、陰の努力を見てくれていることや、自分を気にかけてくれていることはうれしいものだ。指導者が一番の支援者でなければならない。

指導者ができることは、信じてあげること。これで人間関係は良くなる。うまくいかないときほど、励まし続けることが大事だ。選手がミスするのは、私の指導の結果。怒る、脅すのは無責任過ぎる。

ミスの原因や、どうすれば上手になるかを教えるのは駄目だ。私が選手に伝えるのは「良いプレーをするために、一緒に考えよう」ということ。「質問」をすると、人は考え、答えを探しにいく。質問は「はい」「いいえ」で答えられるものは駄目。相手は、なんの考えも深めない。つまり、指導者にとっては、答えを教えているのと同じことだ。

答えが限られる限定質問でなく、拡大質問が大事。例えば、人前でスピーチするとき、事前に考えるはず。話し始めると、「伝わっているかな」「どうすればもっと興味を持ってくれるかな」と、いろいろ考える。話すことは考えることだ。

話しやすいかどうかは、聞き方が大事だ。聞き上手になること。コミュニケーションは、聞き方に始まり、聞き方に終わるとも言われる。話をメモしたり、うなずいたりすると、話している人は勇気づけられる。聞き上手な人の前ほど、しゃべれる。

否定せずに聞くことは大事。私たちには、自分が正しいという大前提の思いがある。でも、時代は変わって昔の常識が通用しないことはたくさんある。「そう考えているんだ」「つらい思いをしているんだね」など、賛同も否定もしない、受け入れる「受容」が大切だ。賛同できるときは賛同し、考えが間違っていると思えば質問をすればいい。そうして、人は答えを出していく。質問して聞く、指導者としては物足りないかもしれないが、相手が自ら考え、答えを出していく方がよっぽど効果的だ。

こうして、日ハム(日本ハムファイターズ)の選手は自分で答えを出していった。やらせる必要なんて全くない。同じ1時間の練習をするにしても、やらされるのか、自らやるのは大きな違い。怒ることをやめて励まし、教えることをやめて質問し、やらせることをやめて自ら取り組める環境をつくっていった。

2軍監督だった2001年、これらのやり方を実践した。ぶっちぎりの最下位だった。いろんなことを言われたし、悔しいけど弱かった。勝率は当時のイチローの打率より低かった。新しいやり方で結果が出なかったので、やじられた。ただ私は、批判されることは「見てくれている」ことと肯定的に受け止めた。

だが、ショックだったのは、共に取り組むコーチから、こういう指導はやめようと言われたことだ。「結果も出ていないし、怒るのをやめたらストレスになる。前のやり方に戻そう」と言われた。私は即答した。「うちの選手が一番、前向きにのびのびプレーしているじゃないか。やらせているときの何倍も練習している。成果と結果は同時に出ない。今は成果が出ている。続けましょう」と伝え、継続することができた。

そうは言っても、毎日、球団側からは責められ、ファンからはやじられ、責任者の立場だったから心は折れそうだった。ある時、2軍にいた森本稀哲選手が、「監督、元気出しましょう。今日は勝ってあげますからね」と言って、監督の私の尻をたたいていった。選手には自分の思いが伝わっていると思い、うれしくて涙が出そうだった。そして手応えを感じた。2006年、私が指導した選手が1軍の主力になり、日本一になった。

人はいつからでも変われる。学びと行動は車の両輪だ。学びを行動に移すからこそ価値がある。両輪が動いて初めて人は成長する。

しらい・かずゆき 香川県出身。1983年に日本ハムファイターズにドラフト1位で入団。内野手。96年にオリックス・ブルーウェーブで引退後、米ニューヨークヤンキースへのコーチ留学を経て、日ハムでコーチに。メンタルを重視する指導を実践。2020年には、北海道銀行女子カーリングチーム「フォルティウス」のメンタルコーチを務めた。21年、野球日本代表チームのヘッドコーチに就任した。60歳。

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