「店が生きがいの場」 地域で20年居酒屋営んだ女性 脳梗塞から再起 卵かけご飯店開業へ

2022.06.07
地域

脳梗塞から再起し、卵かけご飯専門店「こいずみ」を開業させる谷掛美津子さんと、夫の善輝さん。美津子さんが営んでいた居酒屋の建物を改装している=兵庫県丹波篠山市本郷で

兵庫県丹波篠山市本郷で2016年までのおよそ20年間、地域で唯一の居酒屋「こいずみ」を営んでいた谷掛美津子さん(75)=同市桑原=が、卵かけご飯専門店「こいずみ」を7月中旬にオープンする。居酒屋だった木造平屋(約10畳)の建物を改装中。6年前に脳梗塞を患い、「客が来ない日は1日もなかった」というほど、年中無休でにぎわっていた居酒屋をやむなく閉じた。今は体調をある程度取り戻し、「いくつになっても『きょうよう』(今日の用事)がある人生を生きたい。死ぬまで店を続ける」という熱い思いを胸に再び「こいずみ」を営む。

米は、美津子さんの長男の妻・由香里さん(58)の実家で栽培する市内産コシヒカリを使用。地域からほど近い「カンナンファーム」(丹波市春日町栢野)の卵を使う。日本六古窯の一つ、丹波焼の窯元、「丹文窯」(丹波篠山市今田町下立杭)の碗で提供。定食に付くみそ汁や漬物だけでなく、しょうゆ、茶まで地元産にこだわる。

定食の値段は1000円を予定。ご飯は大盛りにでき、卵は食べ放題。親と同伴し、美津子さんの基準で「子ども」と判断した来店客の定食は無料にする。生卵のアレルギーがある客に限り、「裏メニュー」として、卵焼きに変更できる。由香里さんは「おばあちゃんに会いに来るような感覚で店に来てほしい」とにっこり。

以前、美津子さんが居酒屋を開店したのは、夫の善輝さん(76)が当時、「こいずみ」の屋号で営んでいた酒類小売業を畳んだのがきっかけ。大量に残った酒類の在庫を一掃しよう、と実家近くで開業を思い立った。

小さなユニットハウスを建て、赤ちょうちんをぶらさげた。当初のメニューは、もやし炒めだけだった。山間部の暗がりに照らした赤ちょうちんの光につられ、多くの人が訪れるようになった。行列ができる日もあり、メニューも徐々に増えた。

家族間の悩みや仕事のストレスを打ち明けに来る客が多かった。涙を流しながら駆け込む客もいた。一人ひとりの話を親身に聞き、アドバイスを送った。「店の中で朝まで寝ちゃうお客さんもいた。そんな人には布団を敷き、翌朝にご飯とみそ汁を作ってあげて、仕事へ送り出していた」と笑う。

昼間は介護関係の仕事で働き、夜は居酒屋を営む毎日を送った。休日はなかった。「もうけなんてなかったけれど、閉めたらみんな寂しがるから」。店は2度の火災に見舞われたが、その都度、建て替え、店を続けた。

そんな中、義母と母の介護も重なり、過労で倒れた。投薬治療による療養のため、居酒屋の閉店を余儀なくされた。

閉店後、元常連客と会うたびに「また開けてや」と声を掛けられ、「悪いことしたなと感じたし、店をしないと落ち着かない自分もいた。常連さんにとっても、自分にとっても生きがいの場やったんやなと気付いた」。

「もう一度店をやりたい」と家族に打ち明けた美津子さん。家族はサポートを約束したが、まだ左半身にはまひが残っている。以前のような居酒屋形態での営業は難しい。美津子さんが無理なく台所に立てる店を家族で話し合い、丹波産の食材にこだわり、メニューが卵かけご飯定食のみの店をやることにした。

美津子さんと共に、善輝さんも店に立つ。美津子さんの介護関係の仕事がある日は、由香里さんらが手伝う。美津子さんの娘で、インスタグラムで6万人近いフォロワーを持つインフルエンサーの阪口ゆうこさん(40)=滋賀県草津市=も広報面でサポート。「本郷集落のある草山地域の名前が広がり、たくさんの人に来てもらえれば、地域貢献にもつながる」と期待する。

美津子さんは「病気もあるし、忙し過ぎるのはしんどいので、ゆったりとお店をしていけたら」とほほ笑む。「しゃべりだけで生きてきた人間。何よりも人が好き。人との出会いが面白い。また、いろんな人と話せるのが楽しみ」と、客と再会できる日を心待ちにしている。

インターネットで支援者から資金を調達するクラウドファンディングのサイト「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)」で、改装費用を募っている。目標は100万円。7月10日まで。目標金額未満でも募集者へ支援金が届くオールイン方式。「丹波篠山の超奥地で!美味しいお米で卵かけごはん専門店を開きます。」で検索を。

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