スパイクを長靴に 元プロサッカー選手が農業に転身 「伸びしろある業界」

2022.09.09
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プロサッカー選手から農業に転身した矢澤さん。「農業が伸びしろのある業界という思いは変わらない」と力を込める=兵庫県丹波篠山市味間奥で

スパイクを長靴に履き替え―。米や黒大豆などを育てて販売している兵庫県丹波篠山市味間奥の株式会社「アグリヘルシーファーム」に、元プロサッカー選手の社員がいる。国内外のチームで約5年間プレーした矢澤貴文さん(30)=同県西宮市=。引退後のセカンドキャリアを模索する中、「伸びしろがある」と感じた農業への挑戦を決意。自身の経験と人脈を生かし、新しく農業とスポーツをつなぐキッチンカー事業を展開しようとしている。

入社3年目。現場作業のほか、同社の新事業の立案・営業を中心に任されている。「スポーツでは、栄養面を考える補食や健康食品の摂取など、多くの場面で『食』が関わってくる」と言い、スポーツと農業の両業界を結び付ける食育事業に力を注いでいる。

今、動き出しているのが、キッチンカー事業。子どもたちの試合やスポーツイベントなどの会場へ出向き、コンビニ食で済ませがちな昼食の際に、栄養豊富な自社産米で作ったできたてのおにぎりを提供するという。

ドイツのチームと入団契約を結ぶ矢澤さん(提供)

同県三木市出身。小学1年生の頃にサッカーを始めた。滝川第二高を経て、びわこ成蹊スポーツ大へ進学。大学在学時にトライアウトを受けたドイツ下部リーグのチーム「FSVシュロック」に加入し、サッカー選手としてのキャリアをスタートさせた。同チームでは1年間プレーした。

帰国後は、高校時代の先輩が監督という縁で、Jリーグ参入を目指す社会人クラブ「アルテリーヴォ和歌山」に入団。トリッキーなプレーが持ち味のミッドフィールダーとして活躍したが、27歳で「選手としてはやり切った。何か新しいことを」と引退した。

幼い頃からサッカー一筋。まずは社会人としての基盤を築こうと、求人広告の営業職として1年間働いた。

次に夢中になれる職業を探す中、父から「1次産業の仕事を見つけたら」とアドバイスを受け、農業に着目。調べるうちに、担い手不足や、業界を引っ張っているのが60―70歳代という現状を知る。「『3K』というネガティブなイメージがある一方で、若手が入れば、もっと面白い産業に変わるのでは」と感じた。

兵庫県の就農支援センターを通じ、同社代表取締役の原智宏さん(44)と知り合ったのが転機となった。

学生時代は「ガンバ大阪」のユースチームに所属するなど、矢澤さんと同様に約20年間、サッカーに情熱を注いだ原さん。矢澤さんの「スポーツと農業を組み合わせたイノベーションをしたい」という熱い思いに共鳴。「一緒に挑戦しよう」と、2020年3月に採用した。

同社は約85ヘクタールで作物を栽培しており、丹波篠山市内でも有数の大規模農家。8品種の米(約60ヘクタール)と黒大豆(約20ヘクタール)が主力で、自社サイトなどで販売している。

農業はもちろん未経験で、「本当にゼロからのスタートだった」と矢澤さん。「学びしかない環境」という畑へ毎日のように足を運び、先輩社員から農業に関する基礎知識を吸収していった。

「体力はあるのでしんどさはない。暑さや寒さも感じ、自然と触れ合いながら、何もない畑でゼロから作物を作る。そこで自分が作ったものを食べられる。やりがいがある」と充実感をにじませる。

同市内の若手農業者たちと、農業の未来について話し合う会合にも定期的に参加している。「農業は、なくてはならない日本の産業。伸びしろがある業界という思いは変わらない」と強調し、「若い人たちに魅力をもっと伝えていきたい。悪いイメージを脱却させ、農業を若者から憧れられるような、格好良い仕事にしたい」と力強く語った。

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