氷上回廊水分れフィールドミュージアム(兵庫県丹波市氷上町石生)でこのほど開かれた「檜皮葺展」に、ちょこんと1匹のムササビのはく製。ひわだ葺き関連の展示の中で、明らかに“異彩”を放っていた。そもそもムササビ自体、あまりなじみのない動物という感覚だ。一体なぜ―。
展示したのは、同博物館教育普及専門員の海老原茉里奈さん。ひわだ葺きの原料となるヒノキの皮を採取する原皮師から「ムササビの痕跡を見たことがある」と聞いたことがきっかけで、はく製は岸和田自然資料館(大阪府)所有のものという。
海老原さんは神奈川県の出身で、野生動物学を専門に学んだ。東京都八王子市の高尾山ではムササビの観察会も開かれており、ムササビがさほど珍しい存在とは感じていなかったが、「兵庫に来て、ムササビの情報を全く聞かないことに気が付いた」と言う。丹波地域にムササビは生息しているのだろうか?
兵庫県版レッドリスト2017によると、ムササビは「A」ランク。絶滅の危険性が最も高い「絶滅危惧Ⅰ類」に相当する指定を行っている。都道府県別のレッドデータを見ると、約半数の都府県が何らかの指定をしているものの、「絶滅危惧Ⅰ類」相当は兵庫と長崎だけだ。
兵庫県版レッドリスト作成を担当した、県森林動物研究センター(同市青垣町沢野)研究部長の横山真弓さん(兵庫県立大学教授)は、「県によっては“普通にいる動物”だが、兵庫だけは本当にいない」と話す。同レッドリストでは、丹波市を含む5市町が分布エリアと書かれているが、比較的最近の情報は、2014年に「摩耶山(神戸市)で痕跡を確認」の1件のみ。丹波市がリストに含まれているのは「前回のレッドデータの引継ぎで、古い文献に記録があった」からだという。
丹波市在住の原皮師、大野浩二さん(59)=山南町=は、「仕事場の山中で、ムササビの痕跡を見かける」と証言。30年ほど前には、京都市の善峯寺で、ムササビと遭遇。「昼間、仕事で木に登っていたら、巣穴から出てきたムササビが顔に向かってきてびっくりした。目の前で隣の木に滑空していった」と話す。最近もムササビが木を登り降りしている爪跡などを見つけたという。ただ、はっきりと覚えている場所は京都府内で、「丹波市でもどこかで見ているのではと思うが、記憶にない」とのことだった。
ムササビが兵庫で見られない理由について横山さんは、「ねぐらとする大木が失われているからでは」と推測。ムササビは、寺社の境内などにも生息するが、樹上で生活する夜行性の小型哺乳類のため、そもそも見かける機会が少ない。ただ、横山さんは兵庫県内で、同じくレッドリストAランクに指定されているニホンモモンガとヤマネは、「他の野生動物の調査中に見たことがある」とし、「ムササビだけ、著しく情報がない。もしかしたら絶滅しているかも」と懸念。「情報があれば、寄せてもらえればうれしい」と呼びかけている。連絡は県森林動物研究センターまたは、水分れフィールドミュージアムへ。
【ムササビ】 リス科、日本固有種の哺乳類。本州、四国、九州に広く生息。体重1キロ程度で、頭胴長30―45センチ、尾長30―40センチ。発達した皮膜を広げて木から木へ滑空し、移動する。夜行性、植物食。原生林のほか、社寺林などにも生息する。