大阪・関西万博が開幕し、「インバウンド」の増加と経済波及効果が期待されている。大阪から約1時間の距離にある兵庫県丹波篠山市では、その一部を取り込むことなどを目的に、内外に魅力を発信する「丹波篠山国際博」がスタートしている。そんな中、そもそも市内のインバウンドの現状がどうなっているのかと、市や関係者に尋ねてみた。「インバウンド、もう来てます。丹波篠山の存在が『ばれつつ』あります」―。えっ?
◆コロナ禍後、外国人観光客急増
市商工観光課によると、市内を訪れた外国人観光客数(推計値)は、コロナ禍で入国制限がかかった2020、21年度は450人程度で、もともと日本に住んでいる外国人のみだったが、制限緩和を受けた22年度に約7500人に回復すると、23年度は約3万人まで急増。市の観光まちづくり戦略の目標値(1万6000人)を大きく上回った。24年度の数値は集計中だが、23年度を大きく超えると予測している。
もう少し状況の解像度を上げるため、市内の歴史施設などを管理し、旅行業も行う一般社団法人「ウイズささやま」を訪ねた。こちらも「もうかなりの外国人旅行者が来られている」とのこと。篠山城大書院や歴史美術館など4施設の外国人入館者数を見る。
ここ数年では18年度が2189人と突出して多いが、これは中国人観光客が長期休暇の「春節」に日本を訪れるようになり、15年の流行語大賞にもなった「爆買い」の波が丹波篠山に到達した頃。同法人は、「数は多いですが、ほとんどがバスツアー。城崎温泉(兵庫県北部)などに行く途中に寄った人たちで、滞在時間も非常に短かった」と振り返る。
そして、市のデータと同じく20、21年度にコロナ禍で低迷した後、やはり23年以降、1000人台に急増した。
人数では18、19年に及んでいないものの、「中身」が全く違うという。「日本と同じで、コロナ禍以降、バスツアーではなく、個人や小グループの観光客が圧倒的に多くなった。さらに外国人は日本人よりも滞在時間が長く、体験など、かなりまちを深掘りされる印象。通り過ぎるようだった18年の頃とは別物」
観光庁の助成を受けた市は、ウイズなどに委託し、インバウンドを対象にしたツアーを開発。狂言体験や香道のほか、農家の暮らし体験、丹波焼、王地山焼の陶芸体験など、好みの体験と食事や通訳、添乗員などのオプションを自由に選べる「カスタマイズツアー」を展開し始め、申し込みが増加している。ただ、受け入れスタッフの人数不足もあって、「現状の体制では、今が限界。申し込みを頂いてもお断りするケースもあるほど」という。
円安の影響もあり、訪日外国人はコロナ以前の水準にまで回復しつつあるが、なぜ丹波篠山が選ばれつつあるのか。
◆まだ見ぬ田舎へ 古民家宿目的も
キーワードは2つ。一つは、「都市部から近く、静かな田舎で、文化と伝統がある」だ。
一般社団法人「ウイズささやま」によると、東京→富士山→大阪→広島などと、外国人観光客が巡っていく「ゴールデンルート」があるという。そして、定番の観光地以外に、まだ見ぬ「日本の田舎」を目指す人々が、大阪から約1時間という絶妙な距離にある丹波篠山を選択しているケースが多い。
徳川家康が築いた篠山城跡や城下町など「サムライ」を感じる要素に加え、豊かな自然と農村風景、おいしい食べ物などがあり、丹波篠山にやってきたコスタリカ人の男性は、「このまちには外国人が喜ぶものがたくさんある」と評価する。
もう一つが「古民家を活用した宿や、自然豊かなロケーションを生かした宿」を探してやって来るパターン。「大阪から宿を検索し、気に入った民泊やゲストハウスなどを訪れたら、そこが丹波篠山だった」ということもよくあるそう。
ウイズと各宿は密に連携を取っており、オーナーが市内の施設やイベントを紹介し、宿経由でまちの魅力を知ってもらうことにつながっている。
そんな中、外国人に最も喜ばれているのが、住民と交流すること。「どこから来たったん?(どこから来られたの?)」という何げない“おもてなし”が、大きな感動につながっているという。
市商工観光課は、「歴史や文化、食はもちろんだが、住んでいる私たちにとって当たり前の景色や日常が魅力と捉えられていることに驚く」。丹波篠山の“普通”が最大のコンテンツになっている。
そうして、丹波篠山でさまざまな経験をした人たちの口コミや交流サイト(SNS)での発信が新たな来訪者を生む。「知り合いから『嵐山に行くくらいなら、丹波篠山へ』と勧められた」という人もいたという。
◆「丹波焼」が呼び水 英テレビ影響
また近年、大きなムーブメントを生んでいるのが「陶芸」。王地山陶器所(同市河原町)は、入館者の約1割が外国人になった。
ポーランド人の男性は自国で抹茶カフェを経営しており、SNSの宣伝に購入した王地山焼の茶碗を登場させている。さらにフランス在住の日本人デザイナーは、東京とパリで開くアパレル店向けの展示会に王地山焼を出品した。陶器所は、「なぜか日本人以上に『日本六古窯』を知る人が多い。丹波焼からの流れで王地山にも来ていただいているよう」と話す。
事実、丹波焼の里にある「陶の郷」(同市今田町上立杭)の外国人入園者数も、22年度516人、23年度627人、24年度は1008人と増加。城下町の4施設合計に匹敵する勢いで、「丹波焼が呼び水の一つ」という陶器所の推測も当てはまる。
この動きは陶芸を扱うイギリスの人気テレビ番組の影響とみられる。番組を視聴した人に日本の陶芸が知れ渡り、六古窯の産地を巡る人々が増えているようだ。
一方、インバウンドに関しては限度を超えた訪問客の増加で市民生活などに悪影響が出る「オーバーツーリズム」や、マナーなどの問題が取りざたされるが、ウイズは、「準富裕層や文化に関心が高い人が多いためか、とてもマナーが良い人が多い印象」という。
◆態勢整備急務 生活にも考慮
さまざまなパターンで、丹波篠山にやって来る外国人観光客が増加しているが、関係者が発する同じ言葉がある。「丹波篠山の存在がばれた」―。
その意味は、「PRはしてきたが、予想を超える人々に認知されている」ことと「受け入れ態勢が整っていない段階で来訪が始まっている」こと。認知度が高まってうれしい半面、急増ぶりに戸惑う心情が「ばれた」という言葉につながっている。
この状況で開幕した大阪・関西万博と、万博に合わせた丹波篠山国際博。どれほどの効果を発揮するかは未知数だが、少なくともインバウンドが増えることはあっても減ることはない。関係者は、「天気予報で言えば警報が出ているようなもの」と現状を表現する。
ウイズは、「ローカルガイドの育成が急務。また時差がある海外とどうやり取りするかなど態勢を整えていかないと、これ以上は受け入れられない」とする。
ただ、「静かな田舎を求めて来られる人が多いので、ツアーの受け入れ人数もある程度の規制を考える必要がある。行政とも連携し、市民生活とのバランスも考えて舵を取れたら」と話す。
そして、「通訳の方から丹波篠山を『hidden gem(ヒドゥン・ジェム=知られざる宝石、隠れた名所)』と評してもらったことがある。そこに価値があると思うので、ある程度の“知られざる感”は守っていきたい」としている。