当たり前にありすぎるけれど、住民が大切にしていきたいもの「世間遺産」―。丹波新聞では、兵庫県丹波地域の人や物、景色など、住民が思う”まちの世間遺産”を連載で紹介していきます。今回は、兵庫県丹波市春日町多利の日ヶ奥渓谷に祭られている「山の神」に伝わる、木の鉤(かぎ)をささげる風習です。
日ヶ奥渓谷に祭られている「山の神」には、二股に分かれた木の枝を「レ」の字形に加工した鉤を供物としてささげる風習が伝わっている。災難を逃れるための「まじない」とされ、神域に据えられた物干し竿のような横木に鉤を引っかけ、山の安全を祈るというもの。
同渓谷の名所の一つ「白瀧の滝」(雌滝)の近くに、山の神が鎮座している。鳥居をくぐり、祠までの間に横木が設置され、幾本もの鉤が引っかけられている。
毎年1月9日前後、地元の春日町多利自治会が山の神の例祭を営んでおり、祝詞奏上や玉ぐしをささげるなどし、村内の安全や山の恵みなどに感謝している。この例祭の際、同自治会の組織の一つで、区有林の管理を担う林務部が、雑木の枝で作った鉤を用意。参拝者に手渡し、横木に引っかけていく。
神事を執り行う、地元の阿陀岡(あだおか)神社の藤田恒宮司によると、1972年ごろに山の神の祠がまつられ、祭事はこの頃から始まったという。
鉤を引っかける風習の詳細は不明だが、村人が山の斜面から滑り落ちそうになった際、立木などに鉤を引っかけ難を逃れたと伝わっているという。
同神社はかつて日ヶ奥の近くの山「あだか山」の山頂にあり、洪水で流されて現在地に漂着したとも伝わっている。藤田宮司は「昔から、山にまつわる風水害がある地域だったのだろう。山の神を鎮め、地域を災害から守ったり、林務部の作業の安全を願ったりする神事です」と話している。