親の病気や死亡、経済事情などで、家庭で暮らせない子を迎える「里親制度」。施設ではなく、家庭で子どもを養育する養育家庭委託率は、県平均で29・8%(昨年度)。国が掲げる「2029年度までに学齢期以降の委託率50%」などの目標とはかけ離れている。里親制度の社会的認知度が低く、新しく里親登録する人が少ないことが、そもそもの課題だ。兵庫・丹波地域(丹波市、丹波篠山市)の里親登録は19組。うち11家庭で子どもが暮らしている。「子に家庭の温もりを」―。丹波地域の現役養育里親と、養育里親になろうとする人の思いを追った。
昨年、里親制度説明相談会の丹波会場には6組が参加、うち5組が里親になるための研修を受けている。
「楽しいのは1割ぐらい。あとは大変。大変さを経験できるのは素晴らしいこと。苦労を楽しんでください」。丹波市内の夫婦とも50歳代の里親は、これから里親になろうとする人に、笑みをたたえながら、こうメッセージを送る。
「特別養子縁組」(実の親と法律上の親子関係が終わり、養親に親権が移る)をした実子と、養育里親として委託を受けた子の2人の男の子を育てている。
8年間、不妊治療をしたものの子宝に恵まれなかった。子どもと生活したい思いが募り、研修を受けて里親登録をした。登録2年後から「季節里親」として夏休みと正月の数日、児童養護施設で暮らす男児を小学4年生から高校3年生まで預かった。
季節里親を始めて数年後に養育里親として1歳半の男の子を乳児院から預かった。5歳の時に特別養子縁組をし、その子は夫妻の戸籍に入った。実子、「長男」だ。
長男を迎えてから数年後、児童相談所(児相)から「養育委託」(親権は移らず、実親の環境が整い、自宅に戻れるようになるまで、または自立するまで、里親が養育の責任を負う)の打診があった。実母の経済的事情で社会的養育が必要な男児。「タイミングというか、運命というか。兄弟ができ、うれしかった」(妻)。
下の子は小学校に上がるタイミングで施設から家庭へと、生活の場を移した。夫婦の両親を含め、家族みんなが望んだ里子。家族内は何の問題もなかった。「お兄ちゃん、と呼んでね」と、下の子に求めた。「下の子は半年以上、『構えて』いた。すんなり兄弟のような関係が築けたわけではないが、一緒に歩いて登校するなどするうちに、ほぐれていったようだ」(夫)。
長男には幼い頃から、自分たちが生みの親ではないことを伝えて育てた。長男は「自分のルーツ」に関心がある。実の両親の過去の病歴が分からず、教えられないことを申し訳ないと思っている。問診などで親の病歴を聞かれても答えようがない。
下の子は、日頃は家族と同じ姓「通称」で暮らしている。小学校の卒業証書は、通称と本名と2枚ある。保険証は本名から変えられない。通称が使えないときがある。
実母への連絡は児相を介すが、連絡したことはない。児相から「元気で暮らしている」と実母の暮らし向きを聞かされるくらいだ。実母から子には、一通の手紙も届いたことがない。下の子は委託されて以降、一度も母と面会していない。本人が望まないからだ。
実母は夫妻にとっても、下の子にとっても、「遠い存在」。先日、「写真を送ってほしい」と児相を通じて要請があったので送った。
養育里親には、児童福祉法に基づく手当と里子の生活費が支給される。月額15万円弱を受給しているが、家計は夫の給料で賄い、あてにしていない。下の子は進学を希望しており、将来のために蓄えている。
里子を迎えたことで、食卓の会話が華やかになった。夫は、「家族そろって食事」を子ども2人に求めた。思春期を迎え、そこそこ嫌がるようになっても「できるだけ一緒に」を望んだ。今は時間帯が合わず、ばらばらだ。
親子げんかをする。長男は幼い頃から口がたち、ネットで調べて反論する。下の子も考えが違うときはけんかになるが、上の子より頻度は少ない。
「里子を迎えていなかったら、遊園地やプールに行かなかった。1割の『良かった』は、それぐらい」と夫は冗談を飛ばす。一方、「参観日に行くと周りの親が若く、私たちは年齢がいっているので、二人に心苦しい思いをさせたかもしれない」とも。
妻は、「子がいないと経験できないことが経験できた。それが一番良かった。来てくれて、本当にありがたい」と、「子がいる暮らし」に感謝する。
「今は仲間のような感じで、二人が仲良くしてくれている。二人に望むことは自立すること。この先の二人の人生がどうなるか分からないけれど、自立した後も、兄弟のように助け合う関係性を続けてもらえたら。それ以外の望みはない」と、夫妻は「親の願い」を語った。
丹波地域の〝アラフォー〟の公務員夫妻は、半年の最短で研修を終え、昨秋、県に里親登録された。川西こども家庭センター(児童相談所、同県川西市)管内で開かれ、先輩里親と里子を待つ登録里親の交流会に足を運び、体験談に学びを深めつつ、里子を迎えるのを心待ちにしている。
希望は特別養子縁組を前提とした3歳未満。3歳未満であれば、育児休暇で24時間365日、子どもと関わる時間をつくれるからだ。ただ、県には「特別養子縁組、養育里親どちらでも」と申請。「特別養子縁組一本では5、6年待ってもマッチング(里子委託の打診)がない」という先輩の言葉を参考にしたからだ。今は「小学校低学年くらいまでの養育里親になる」こともイメージしている。
妻が40歳までと決めていた不妊治療のリミットを過ぎた。血のつながりのある子を持つことはかなわなかった。
昨年1月、妻が用事で出向いた県柏原総合庁舎(丹波市柏原町)で、「たまたま」里親のチラシを目にしたことが、登録に踏み出すきっかけ。チラシを見なければ、「里親登録をしていたとしても、もっと後だっただろう。ネットで『里親になるには』と検索するところからだったはず」と二人は話す。
その足で庁舎内の川西こども家庭センター丹波分室を訪ね、簡単に制度の概略を聞いた。「3月から始まる研修の申し込みに間に合う」と言われ、参加を決めた。
二人とも「里親」の言葉は知っていた。中学生の頃、妻の周りに親族里親(祖父母)に育てられた子、特別養子縁組をした子がいた。「普通の家庭、一般家庭。実親と暮らしていなくても、特別なことは何もない」と、子どもながらに感じていた。
スタートした研修。グループワークのシミュレーションの一つはこんなものだった。
「3歳の里子を迎えた。近所のスーパーで買い物をしていると、知り合いから質問攻めにあった。里子にはまだ状況を話していない。あなたはどう対応する」―。正解のない問いがいくつも出題され、考え込んだ。
実習先の施設では、「スイカならスイカの実物を見せて、この緑色の皮で黒いしまがあるのがスイカだよ、と教えてください」と言われたことを妻は覚えている。「調理された物」しか見たことがないからだ。
一般家庭なら家族の買い物について行くうちに、教えずとも目にし、自然と身に付くはずの知識が備わっていないことがある。「言葉の習得も遅れがち」とも聞いた。1人の職員が複数の子を世話し、交代勤務でもある。母親がわが子をあやすような1対1のコミュニケーション機会が乏しいことが理由の一つだという。
「私たちのように、子と過ごし、愛情を注ぎたい人もいる。親元で暮らせないのであれば、家庭を感じられることは子にとっても良いのでは」と妻。
同世代から子育ての話を聞く。苦労話も聞くが、憧れがある。夫は、年齢を重ねてからでは、体力、経済力が制限されかねず、子どもの要求に応えやすい「今がタイミング」と考えている。
「血のつながりはないけれど、子と一緒に暮らしたい」。二人で子を育てる思いは強い。
「お願いしたい子がいるのですが」―。子とのマッチングに関わる里親支援センター「ウェルこころ」(川西市)からのそんな連絡を待つ。不妊治療では一喜一憂し、心身が疲れ果てた。今はそうならないようにと、連絡を待っている時間も仕事、趣味を充実させながら、いつでも受け入れる心積もりをしている。
丹波篠山市のレイケン・ロバートさん(51)、啓香さん(47)夫妻も研修を受け、里親登録を目指している1組。二人ともフルタイムで働いている。春に始まった研修は残すところ、11月の児童養護施設の実習(2日間)のみ。最短で3月に里親登録される見通しだ。近く、新築する自宅は、里子を迎えることを想定した間取りにする。
二人には4歳の実の娘がいる。二人が出会ったのは、啓香さんが40歳を過ぎてから。二人で子育てしたい思いが啓香さんにあり、「年齢が年齢だし、授からなかったら、養子縁組もある」と考えていた。特別養子縁組、養育里親、こだわりはない。
大分県内にある啓香さんの実家はお寺で、保育園を経営している。人の出入りがある所で育ち、「誰でも入って来られるような家が当たり前」という感覚で、「困っている人を助けたくなる性分」。単身者も里親になれることを知っており、独身時代に「里子を育てよう」と考えたこともあった。
「子が欲しいんじゃない。子の福祉のために、里親になりたい。どこかで始めないと」と、一歩を踏み出す決心を夫に伝えた。「家族3人で暮らすには家も広いし、そういう子を助けられるのは良いんじゃない」とロバートさんも同意した。
研修は、里親支援センター「ウェルこころ」が里親希望者を集め、主に阪神間で、集団で実施する。受講日程は調整が効く。
春に里親制度の概要を改めて聞き、現役の養育里親らから体験談を聞く基礎研修が1日。夏に阪神間の乳児院で1日実習。施設長や職員の思いを聞き取った。
登録前研修(2日間)で、発達や権利擁護などの話を聞いた。初回とは別の養育里親の苦労話の内容がネガティブで、ロバートさんは「そこまで話すか。話を聞いて怖くなる人もいるんじゃないか。皆さん、よく考えた上で里親になろうとされている。あれはちょっと」と首をかしげた。
啓香さんは、児童養護施設に関わっていた友人に「送り出す側」の話を聞いた。「どう思う」と尋ねると、友人は「すごく良いと思う」と背中を押してくれた。
友人は、里親をわざと困らせるような行動を取る「お試し行動」を教えてくれた。「引き出しという引き出しを開け、中から物を出す子もいるよ」という友人の言葉を、「いつまでも続くわけはない。そういうことをしちゃ駄目と教わってこなかったんだろう。社会に出られるように、ゼロから教える必要があるんだな」と理解した。
発達に支援を必要とする子どもが多いことを学んだ。「子は誰かしらの支援が必要。みんなでカバーすればいい」。問題は生じて当然と、乗り越える覚悟を決めている。
11月の実習を終えれば、研修修了証が発行される。この後、川西こども家庭センターと同センターの家庭訪問が待っている。県に里親候補として書類を上げる人物を見極める、詳細な聞き取りを経て県の審議、県知事の認定を受け、里親登録される。
「子が帰ってこれる場所、家をつくりたい。娘に、私が育った環境のように誰でも分け隔てなく受け入れることを伝えたい」と啓香さんは笑った。





























