兵庫県篠山市畑市の樋口清一さん(78)が、篠山市内東部のスギ林の中で、大変珍しいとされるラン科の植物「トケンラン」を約50年ぶりに確認した。樋口さんの父親、繁一さんが1934年に発見したトケンランの自生地だが、自生地の森が切り開かれたため、長年その姿を消していた。樋口さんは、「父は、この場所のトケンランが絶滅してしまったことを非常に残念がっていた。父が亡くなってから今年で20年。自生地復活の知らせは、よい供養になるのでは」とほほ笑んでいる。
トケンランは、県のレッドデータブックで、絶滅の恐れが最も高いAランクに記載され、環境省のレッドリストにも「絶滅の危険が増大している種」として絶滅危惧類に登録されている。県内では、この1カ所と、丹波市で2カ所、神戸市で1カ所の計4カ所で確認されているだけ。
「篠山自然の会」「多紀連山のクリンソウを守る会」の代表や、県生物学会副会長を務めるなど、植物に造詣の深い樋口さんだが、「父の功績にはとてもかなわない」と話す。高校教師だった繁一さんは仕事のかたわら、市内の植物調査に奔走。数多くの植物標本や希少植物の分布を記した地図、調査資料などを残した。その成果の一つに市内で初めてとなったトケンランの発見がある。
81年前の発見当時から幻のランとされていたが、たくさんの花が咲き誇る群落を形成していたという。しかし50年ほど前に自生地だった原生林が皆伐され、スギの植林地に姿を変えた。それと同時に群落は消失した。それから約20年、「もしや復活しているのでは」との淡い期待を抱き、樋口さんは繁一さんに連れられて“原生林跡”を訪ねたが、トケンランを発見できなかった。
樋口さんはそれ以後も数年ごとに同所を訪れ、調査。先月下旬、約30本からなるトケンランの小さな群落を発見した。樋口さんは、「見つけたときは『まさか』とわが目を疑った」と振り返り、「大変、希少な植物。静かに見守っていきたい」と話している。
樋口さんによると、トケンランを見つけた繁一さんだったが、正体が分からなかったため、著名な植物学者、田代善太郎氏に標本を送り、同定を依頼。しかし、あまりの珍しさに田代氏もすぐには回答できなかったという。また、発見の一報に、「日本の植物学の父」といわれ、近代植物分類学の礎を築いた牧野富太郎氏や、日本植物分類学会の創立者、小泉源一氏が、トケンランを見るために篠山にやって来たこともあったという。
【トケンラン】林床に生え、草丈は30―40ほど。花期は5―6月で、黄褐色の花をまばらに数個つける。和名は「杜鵑蘭」で、花の斑点をホトトギス(杜鵑)の胸や腹部の斑紋に見立てたもの。国内では北海道、本州、四国、九州に分布。