古生物学者で兵庫県丹波市地域おこし協力隊員の荻野慎諧(しんかい)さん(39)が、初の単著「古生物学者、妖怪を掘る―鵺の正体、鬼の真実」(NHK出版新書)を出版した。鵺(ぬえ)、ヤマタノオロチ、一つ目一本足といった妖怪、伝説の生き物の正体に、理系寄りの古生物学者の観点から科学的にアプローチしている。
荻野さんは、肉食の哺乳類化石が専門の研究者。同市地域おこし協力隊員として、2006年に同市山南町で発見された恐竜化石「丹波竜」を生かした恐竜産業の基盤整備や、丹波竜化石工房「ちーたんの館」(同市山南町谷川)の来客数を増やす使命を帯びている。その傍ら自身の取り組みを「妖怪古生物学」と提唱、「荒俣宏と妖怪探偵団」の一員として調査研究を行っている。
3章だての本の中核が2章。「古文書の『異獣・異類』と古生物」。「平家物語」「源平盛衰記」「信濃奇勝録」といった古文書に出て来る不思議な生き物を、「荒唐無稽なだけではない。当時の人が真摯に書きとめた科学書として捉え、再検討し正体を探った」(荻野さん)。
江戸末期に現在の長野県の様子を書いた「信濃奇勝録」に登場する「一つ目一本足の妖怪」の正体を荻野さんは「クジラ」とした。クジラの頭骨は鼻の部分に大きな穴が開いており、これを「一つ目」、「一本足」は尾椎と解釈。長野はかつて海底で、多くの海棲生物の化石が見つかっている。「一つ目一本足が歩いている所を見たのではなく、畑や道の開墾中に見つかった化石を元に書いたのだろう」と見る。
荻野さんは「化石の研究者として説得力ある材料を提示したが、これは『荻野説』。私自身、正しいと考えている訳ではない。持てる条件で検討結果は異なる。他分野の専門家は私とは違った解釈をするかもしれない」と、異論が出て、論争が生まれることを楽しみにしている。
荻野さんが監修した、「生物ミステリー怪異古生物考」(技術評論社)も今夏刊行された。JR東日本の新幹線車内誌「トランベール」7月号に「荒又妖怪探偵団」が長野県の不思議を巡る旅が掲載されている。