昨年11月の住民投票をへて、5月1日から市名を「丹波篠山市」に変える兵庫県篠山市で16日、市名変更を記念したイベントが開かれた。慶應義塾大学大学院教授で、テレビなどでも活躍する岸博幸さんが、「市名変更が絶対必要なわけ」をテーマに講演。日本経済が低迷に向かう中、地域が栄え続けるためや、認知度を高めるために、「市名変更は必要」とし、「名前を変えるだけではダメ。イノベーションをつくり出す必要がある」などと独自の見解で地方創生を語った。要旨をまとめた。
日本の景気「間違いなく悪くなる」
個人的には市名変更には賛成だ。まず、タイミングが良い。それは元号変更だけではない。
私は小泉政権の時に政治側で経済運営をしていた。その立場から日本全体がどうなっていくかを考えると、残念ながら、今年から日本の景気は間違いなく悪くなる。
アメリカと中国の貿易摩擦はもっと激しくなる。日本では消費税の再増税があり、経済のマイナスのイベントが多い。
さらに2020年には東京オリンピック。盛り上がるのは良いことだが、経済の観点から見ると、過去、オリンピックを開催したほとんどの国では終わった後に経済が悪化する。団塊の世代は全員、後期高齢者になり、社会保障費もさらに伸びる。
だからといって悲観する必要はない。
日本全体は大変だが、ちゃんとやるべきことをがんばって、生産性を高めている企業や地方自治体は、将来の成長率も高くなるからだ。
イノベーションは「新しい組み合わせ」
私は「エイベックス」の役員をしており、10年以上、音楽業界にかかわっている。日本の音楽産業は悲惨。過去20年で、市場規模は最盛期の6000億円から半減した。違法コピーの氾濫や若い人が音楽よりもスマホなどの通信にお金を使うようになったからだ。
しかし、右肩上がりになっているアーティストや会社はある程度存在する。それは「イノベーション」をつくり出しているからだ。
イノベーションは実は簡単なこと。新しい組み合わせをつくり出すことだ。企業なら、自社のものとそれ以外のもので新しい組み合わせを作り、新しい付加価値を作る。これをしっかりやればいいだけのこと。
例えば、AKB48は右肩上がりだ。できた当初は良い曲を作って買ってもらおうという伝統的な音楽ビジネスをやろうとした。でも、今はネットの違法コピーなどがあり、成り立たない。そこで、ネットではできない握手券や総選挙の投票権などの「おまけ」をつけた。
また、本拠地を秋葉原に置いたことも大きい。秋葉原にいるオタクの人たちはとても大事。お金を使わなくなった若者世代の中で、唯一、自分の好きなものにはとことんお金を使う人たちだからだ。
CDとおまけ、音楽とオタクという新しい組み合わせ、つまり、イノベーションをつくったことで、CDという時代遅れの媒体をいっぱい買ってもらうことに成功した。
今後低迷していく日本経済の中で、企業や地域は、なるべく自分の力、領域でいろんなイノベーションをつくらないといけない。逆にそれをしっかりやれば成長できる。
注意、関心に市名変更は有効
篠山市も、いろんなイノベーションをつくり出すことが大事になる。
黒豆をはじめとする農業や、城や古い町並みなど、この地域は非常に大きなポテンシャルを持っている。それをどう生かすかが大事だが、その前提として、なるべく多くの人に地域の存在を知ってもらわないといけない。
今、多くの人はネットで情報を得ている。星の数ほど情報がある中で、まず人に関心を持ってもらわないといけない。そんな時代に一番大事なのは注意と関心を引くこと。「アテンションエコノミー」だ。その観点から、市名変更は非常に正しい。
関西に住んでいる人なら篠山市のことをある程度わかるだろうが、私のような東京育ちにはどこにあるかもわからない。
しかし、「丹波」という名前はわかる。全国の人に、どこにあって、何が強みかをわかってもらうことはとても重要だ。
注意や関心を引く以外にも、ブランディングの世界から見ても名前が変わればヒットするケースがある。
例えば缶コーヒーの「ボス」。発売当初は「ウエスト」という名前で全然売れなかった。それが、中身は変えないでインパクトのある響きの名前に変えると非常に売れた。
丹波篠山は名前だけでイメージがわく。ブランディングの観点からも有効だ。
「いいもの」は外の人が決めるもの
ただ、名前を変えただけはダメ。それだけでは絶対失敗する。
地方都市の活性化で成功するために他都市と競争することは、企業の競争と同じ。最後は自分の強みを強化することだ。
例えばヨーロッパは長い歴史がある地方都市が多く、地元の文化と環境をしっかり良くすることで観光客や産業を増やすことに成功しているところが多い。
私が世界で一番好きな都市の一つに、バスク地方のビルバオがある。とても不便な場所にある田舎だが、鉄鋼業で汚れた環境をきれいにし、バスク様式の街並みをつくったことで、観光客が増えた。企業もオフィスを置くようになるなど好循環を生んでいる。
日本も小さな国の中にさまざまなに独自の文化や自然環境があるので、それらをしっかり再生することが一番、理にかなっている。
その観点で言えば、篠山は農業や古い町並みなど、ヨーロッパ型の地方創生ができる宝がたくさんある。
地方でありがちなことが、「自分たちがいいと思っているものは世の中でもいい」と思ってしまうこと。これは絶対にいけない。
地域のどれが本当に素晴らしいかを決めるのはここに来る人。役所や地元の人が決めるものではない。今の世の中、外の人がもっと魅力を感じてもらうように、宝物を進化して輝かすようにするかが大切になる。
それを自治体にやらせると失敗する。自治体にはビジネスのセンスがないからだ。
市名変更に反対した人は、反対した理由があると思う。それを忘れないで、どんどん意見を言ってほしい。それが、この地域の宝をもっと輝かせることになる。
市名変更はこの地域のイノベーションの第一歩。そして、その後こそが大事。ここに来るまでに立ち寄った土産物屋さんが、いろんなものくれた。
その借りを返したいので、私もこれからもかかわっていきたいと思っている。