昨年、岐阜県で国内では26年ぶりに確認された家畜伝染病「豚コレラ」。家畜のブタや野生のイノシシに感染し、9日時点で全国10県(イノシシの場合)に拡大している。感染した肉を食べても人体に影響はないが、ジビエ料理の代表格でイノシシ肉を使った「ぼたん鍋」が冬の名物である兵庫県丹波篠山市の関係者らは、市内での発生はもちろんのこと風評被害を危惧。書き入れ時を前に、鍋を提供する店からは、「もし出たらこの冬は終わる。頼むから出ないで」と祈りにも似た声が聞こえる。11月15日の狩猟解禁を前に、市猟友会も狩猟者に注意を呼び掛けるなど対策を始めた。
豚コレラは、ブタとイノシシに特有の病気。ウイルス性で感染力が高く、致死率も高い。
農林水産省によると、国内ではブタで岐阜、愛知、三重、福井、埼玉、長野、滋賀、大阪―の1府7県、野生のイノシシではブタの発生地から大阪を除き、富山、石川、群馬を加えた10県で確認されるなど感染域が拡大。養豚場ではこれまでに14万4000頭が殺処分されている。
ブタやイノシシへのワクチンと、消毒などの防疫措置が行われており、封じ込め策が進んでいる。同省は、「仮に感染した肉や内臓を食べても人体に影響はない」とする。
近づく書き入れ時
そんな中、市内に約40店のぼたん鍋提供店があり、昨年度では計921頭のイノシシが捕獲されている丹波篠山市では、関係者から”戦々恐々”の声が聞こえる。
ある料理旅館は、「冬は書き入れ時。11月に入れば予約の9割以上はぼたん鍋になり、夏と比べれば5―10倍の売り上げになる」と言い、「いたずらに恐れるものでもないと思うが、とにかく発生しないことを祈る。食べても大丈夫とはいえ、風評は必ず出る」と話す。
一方、別の料理店は、「丹波篠山で出なかったとしても、全国からの出荷が減れば良質な肉を選びづらくなる」と懸念。「12月の予約も埋まり始めており、今のところ風評被害はない」という。
感染拡大すれば「肉なくなる」
同市乾新町にあり、全国でも珍しい天然猪肉の専門店「おゝみや」では、出入りの業者の靴底や車のタイヤを消毒するなど、細心の注意を払っている。
同社の大見春樹社長は、「全国から肉が集まってくるが、これ以上、感染が拡大すれば肉がなくなってしまう恐れもある」と言い、「岐阜の方でもイノシシ肉の鍋は名物。現地の業者は大変だと思う。逆に安全な丹波篠山から肉を供給することもあり得るかもしれない」と話す。
大見社長が心配する、「日本猪祭り」を開催するなどイノシシ肉の普及や観光への活用に取り組んでいた岐阜県郡上市でも豚コレラが確認されている。
同市観光課は、「市内では料理旅館などで鍋を出してきたが、豚コレラの発生により、今年はすべて扱わないことになった。人体に害はないとはいえ気持ちのいいものではないし、それでお金をもらうこともできない。そもそも禁猟のためイノシシ肉が入らない」と言い、「すでに猪祭りも中止が決まっている。とにかく一刻も早い終息を祈るしかない」と漏らす。
猟友会も周知「他県の狩猟自粛を」
兵庫県は県内各市町に対し、狩猟者を対象に県外への狩猟の自粛を要請し、防疫対策の周知徹底に取り組んでいる。同課は、「狩猟者や捕獲者によるウイルス拡散のリスクが伴うことから、捕獲した個体の適切な処理や衣類、猟具、車両などに付着したウイルスを持ちだすことがないよう」と呼びかける。
また、丹波篠山市猟友会も会員への啓発活動を始めた。県の動きを受け、拡散防止のために発生した府県での狩猟の自粛を求めているほか、防疫措置の徹底を求めている。
酒井克典会長は、「丹波篠山はぼたん鍋の本場。いったん豚コレラが出たら何年かは名物が難しくなる。我々自身も、地域の産業を守るという気概で対策に取り組みたい」と話した。
ぼたん鍋をはじめとするジビエガイド本などを発行している丹波篠山市は、「丹波篠山といえば黒豆が有名だが、ぼたん鍋も冬を代表する味覚。観光関係に係わる人にもヒトには害がないということを知ってもらうよう啓発を進めている」としながら「とにかく発生しないことが第一。出たら大変なことになる」と危機感を強めている。