「走れなくてもワクワク」 64年”幻の聖火ランナー” 56年ぶりに応募、結果楽しみに

2020.01.07
ニュース丹波篠山市地域歴史

64年当時に着る予定だった日の丸入りのランニングシャツを着こみ、聖火リレーに期待を寄せる植野さん。手にしているのは当時の写真=兵庫県丹波篠山市中野で

56年ぶりにやってくる夏の五輪。開会前に全国を巡る「聖火」は、5月25日、兵庫県丹波篠山市にもやってくる。この日を心待ちにしているのが同市中野の植野良治さん(75)。1964年の東京五輪の際、聖火ランナーに選ばれながら、台風のため、予定区間を走れなかった“幻のランナー”の一人だ。「東京2020」を前に再び、「聖火ランナーになりたい」という思いに火が付いた植野さんは、同じ境遇の人々でつくる会に入って親交を深めているほか、ランナー募集にも応募し、「まだまだ走れる」とリベンジを目指している。

64年当時、同県尼崎市のチョコレート工場で働いていた植野さん。20歳の時、全国10万人以上が参加した聖火ランナーに選ばれ、尼崎市から大阪市に入る「尼崎6区」でトーチを持つ正ランナーに続く副ランナーの1人として走る予定だった。

しかし、出走前日の9月24日に台風が九州に上陸。通過が予想されたため、兵庫県庁から大阪府庁までの区間で中止が決まった。

全国で中止になったのはこの区間のみで、植野さんと同様に走れなかったランナーは阪神間で約700人いた。

その後、地元に戻り、当時を思い出すこともなくなっていたが、最近になって西宮市などの元ランナーが、「56年目のファーストランの会」を結成し、20年の東京五輪に向けて聖火ランナーとして走ることを目指す企画を知った。すぐに「自分も」と連絡し、入会した。

同会の会合では、前回の東京五輪で金メダルを獲り、「東洋の魔女」で知られた女子バレーの谷田絹子さんや、08年北京五輪で銀メダルに輝いた陸上選手の朝原宣治さんの講演を聞くなどして五輪への思いをたぎらせてきた。

昨年12月、兵庫県は県内を走るランナーを発表し、「グループランナー」として同会を選び、1人分の区間を10人で走ることになった。

植野さんは選に漏れたが、まだ一般枠がある。いつでも走れるようにと、同会の会合で教わった調整方法を実践中で、毎日、風呂で手足の指をグー、パーしたり、上がってからは屈伸をするなど準備は万端だ。

落選の可能性もあるが、「走れても走れなくてもワクワクできる。それだけで元気でいられます」と笑う。

夢見た聖火は地元にもやってくる。「聖火を見るチャンスであり、五輪を盛り上げるチャンス。大勢の人が沿道に集まって思い出にしてほしい。特に子どもたちはスポーツに関心を持つきっかけになるのでは」と期待している。

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