デジタル社会真っただ中の昨今、不思議な情報を兵庫県内陸部にある丹波篠山市でキャッチした。とあるパン店に「座敷童子(ザシキワラシ)」が出没しているというのだ。民俗学者・柳田国男が岩手県遠野地方の説話を記した「遠野物語」にも登場し、精霊とも神ともされる存在。近年、どんどん遠のいているようにも感じる不思議な話に迫った。あなたは信じる?、信じない?―。どちらにしても、少しだけ新型コロナウイルスとは違う話題でお楽しみください。
いたずらが好き 出没の家「栄える」
座敷童子は、主に岩手県など東北地方に伝わる。遠野物語には、「旧家にはザシキワラシという神の住みたもう家少なからず」「このお神の宿りたもう家は富貴自在なり」とあり、座敷童子が出没する家は栄えるといわれる。
伝承によって姿はさまざまだが、子どもであることが多く、着物を着ていたり、ちゃんちゃんこや振袖を着ていることもある。
いたずら好きで、同じく遠野物語では、家に一人しかいないのに、主人の部屋から紙をがさがささせる音や、鼻を鳴らす音がするので扉を開けてみると、誰もいなかったというエピソードが紹介されている。
アパートの一室 謎の現象たびたび
パン店は同市南新町にある「麦の穂」。川沿いの堤防から少し下った場所にあるアパートの一室の、こぢんまりとした店だ。
扉を開けるとすぐに小さなカウンターがあり、棚においしそうなパンが並ぶ。店主の大地友代さん(40)がカウンターを指さした。カウンターの下は観音開きの小さな扉が付いていて、キッチンに入るためにはカウンターを上げ、扉を開けなければならない。
「私たちが通ると、扉が『バタン、バタン』って鳴るんです。でも、時々、『パタ、パタ、パタ』と小さく動く。ちょうど店に来る1、2歳の子が触って遊んでいるみたいに」
座敷童子の姿は誰も見たことがない。けれど、不思議な現象が数多く起こるという。
パンを作るステンレス製の台の上に置いていた段ボールが、卵が10個入ったパックが、ひとりでに落ちる。床にあったボールが「転がる」のではなく、円を描くように「回る」。ラックの上に置いてあった金属製のボウルが「跳ねる」。
極めつけは、大地さんの子どもが使っていたベビーベッドから、中にあったビニール袋が柵の目を抜けて床に落ちる。柵の目を抜けるのは風では説明できず、柵の外から誰かが引っ張っているかのように。
これらの現象は、大地さんが店をオープンした5年前から継続して起きており、大地さんだけでなく、家族も体験している。オープン前に準備しているときから、みんなで「おかしいな」と話していたそう。
大地さんは、「私自身は幽霊などを信じていない。でも、目の前でいろいろ起きるとさすがに」と言葉を濁し、「ねぇ?」とつなぐ。
売り上げ1.5倍に もしやうちのは
それが「座敷童子が出ている」という情報につながった理由を尋ねた。
「最初に気付いたのは母。変なことがあった翌日にはお客さんが増えたり、たくさん予約が入ったりする。いつもは午前中にパンを焼いて売り切って終わりなのに、その日は午後からもパンを焼き続けないと間に合わないくらい」
売り上げにして普段の1・5倍以上になるという。そんな流れに気付き始めていたとき、座敷童子を話題にしたテレビ番組を見ていて、「もしやうちのは…」となった。
オープン前から起きていた現象だが、客には最近まで話しておらず、「言ったら『頭、大丈夫か?』ってなると思ったから」という。オープン当初、「3カ月でも夢が叶えられたらそれでいいか」と思っていた店は、目立った苦境もなく続いている。
大地さんは、「もしこの幸運が座敷童子によるものならば、お客様にも幸せがたくさん届くといいなぁと思っています」とほほ笑む。
いわゆる「事故物件」でもなく、アパートの別の部屋では不思議な現象は起きていないそう。文系の記者には現象を解明できる術もなく、「ううむ」とうなるしかなかった。
小さなパン屋さんで起きている不思議な話。取材のお礼にと人気の「あん食パン」を頂いた。記者にも幸運が降ってきた。
アルバイト目撃 売り上げ増加?
実は数年前、今回とは別の場所で「座敷童子が出た」という噂を得ていた。「昔の話やけど」という接頭語が付いていたので、ニュース性を感じず、お蔵入りにしたが、今回の取材をいい機会ととらえ、もう一つの噂の真相に迫った。
現場は同じ兵庫県丹波篠山市内のあるコンビニ。記者が聞いた噂は、(1)一般客が入ることのないバックヤードで、ドリンクを補充する作業をしていたアルバイトが子どもを目撃(2)以来、売り上げが急増した―というもの。本当ならば幸運が訪れるだけでなく、座敷童子の姿を目撃しているケースになる。
早朝、夜勤明けで駐車場のごみ拾いをしていたオーナーの男性におそるおそる声をかけた。
「お疲れのところすみません。座敷童子が出ていたと聞いたのですが」と記者。オーナーは、苦笑いを浮かべながら、「とりあえず中へ」と事務所に案内してくれた。
そして「座敷童子ではないと思います」ときっぱり否定された。では噂の真相は?
オーナーによると、(1)についてはおおよそ間違っていなかった。ただし、アルバイトが子どもの姿を見たというのは20年も昔の話だった。
「深夜なのにバックヤードに小さな子がいて、アルバイトの子が『ここには入らないで』と言ったそう。レジに戻り、別のアルバイトに、『こんな夜になんで子どもがいるのかな』と尋ねたらしいのですが、その時間は誰も来店していなかったそうです」
この不可思議な話は近隣にも広がり、近所の人が知るところになった。すると。
「以前、店の近くで幼い子が亡くなったことがあったらしく、その子だったのかなと。しばらく、供養はしましたね」
悪寒が走るとともに、とても切ない気持ちになった。幼い子は夜でも灯りがついている店が気になったのだろうか。
では、(2)は? この店の駐車場はいつも客の車やバイクが多いように感じていたが、オーナーは首を振った。
「もうかっているとは言えません。車は多いけれど、待ち合わせやトイレだけ使われたり。挙句、ごみを駐車場に捨てる人もいる。たまったもんじゃないです。あと最近のコンビニは無料でインターネットにつながることもあって、駐車場で半日ほどスマホをいじっている人もいますね」
現代社会でも 話題の変容?
つまり、店内で不思議な子どもが目撃されたという事実と、駐車場にたくさん車が止まっているという別々の話題が人の口を介して広がっていく中で複合され、「座敷童子が出ている」という話に変化していったということだ。
「デマ」と言えば厳しい言葉になるが、昨今でも新型コロナウイルスに伴うさまざまな真偽不明の噂が飛び交っていることを考えれば、十分にあり得る。
現代社会においてもこのような話題の変容が起きるのだから、情報量が少なかった昔では容易に起こりうるだろう。そんな中に神や精霊、妖怪、幽霊など、目に見えない不思議な存在が生まれていったのかもしれない。
業界の闇こそ 「戦慄」の瞬間
「座敷童子よりもコンビニの闇を記事にしてくださいよ」
しばらく、コンビニ業界が抱える負の側面について語られた。人手不足は昔から深刻で、オーナーも親が亡くなったときでさえ働いたという。
「遠野物語」を著した柳田国男は、同著の中で、「願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」と言ったが、一連の取材で最も戦慄したのは、この話を聞いた瞬間だったように思う。
ちなみにこの店は記者の同僚がかつて足しげく通っており、オーナーとも懇意だった。去り際、オーナーが笑いながら言った。
「そういえば、あの人が来ていたころが一番、売り上げが良かったなぁ」
座敷童子が身近に―?