コロナ禍の真っただ中、全国各地で田植えが集中するゴールデンウイークを迎えた。例年なら祖父母ら地元で暮らす家族が「田植え帰省」してきた子や孫と再会を喜び、共同で作業する光景が見られるが、今年は感染症の拡大を防ぐ観点から、帰省の自粛が要請されている。市外に住む息子、娘の帰省を受け入れていいのかどうか、多くの家庭が悩む中、田植えが始まった―。
「今年は米を作るのやめた」。兵庫県丹波市に住む後期高齢者の女性は、注文していた苗をキャンセルした。阪神間に住む息子の手を借りようと考え、50アール以上の田んぼをすき、肥料をまき、着々と準備を進めていた。
「元気そうに見えてもウイルスを持っているかもしれない。後で何かあってあちこちに迷惑をかけてもいけないから、帰省させない」
子どもたちは都会に出ても、実家の田んぼで収穫した米を食べ続けてきた。米が、実家と、故郷を離れた家族をつないできた。それが1年間途切れる。「自分が食べる分は買ってもしれている。子どもや親戚に分けてあげられなくなるけど、今年は仕方がない」とサバサバした口調で話した。
市内の別の後期高齢者の男性宅には、ゴールデンウイークに子どもや孫や親戚が10人以上帰って来る。田植え帰省は、「祭りのにぎやかさ」だった。堺市と伊丹市で暮らす息子家族に、帰省しないよう断りを言った。「おじいは、かかったらイチコロやから」。
田んぼは約1・9ヘクタール。「気をつけるから別条ないと言われても、移動はしない方がいい。例年より余分に日数がかかっても、こちらにいるもんだけでぼちぼち植える」
県外から友人や知人を招き、黄金週間に盛大に田植えイベントを開いていた60代の女性は、今年は開催を中止した。昨年は大阪や奈良、和歌山などから約80人が参加した。都会の人たちには普段できない体験で、子連れに喜ばれ、楽しみにしている家族が多く、「断りの連絡をすると残念そうに言われた」と話す。毎年イベントで手植えをするので田植え機をほとんど使ったことがない。「慣れてないので、手で植えるよりぐにゃぐにゃになりそう」と、やれやれという表情を浮かべた。
例年、黄金週間に開いている田植えイベントを中止した同市の「丹波少年自然の家」は、農作業を受託するJA丹波ひかみが出資する農業会社「アグリサポートたんば」に田植えを依頼した。田植えはできなくても、秋に稲刈り体験のプログラムを組むからだ。
同施設は例年、イベントや5月の自然学校では手で植えるため、田植え機がない。近所の農家に機械を借りて職員で植えようか、近所の農家に時期は少しずれても植えてもらおうかなどと対応策を話し合うなかで、同社にたどり着いたという。同社は「5月15日までは予定が一杯。その後で良ければ相談に乗る」と話している。
市内に住む50代の女性は、大阪に嫁いだ娘家族の田植え帰省を拒み、「ひと悶着あった」と言う。「帰って来なくていいと言っているのに、気を遣って『手伝う』と聞かない。頼むから止めて、と言った」
女性は、「うちは帰省を拒んだけれど、男手がない家はそうも言えない。息子さんが帰省して田植えをするところはあちこちにある。近所にもあるけれど、おおらかな気持ちで受け止めようと、今から家族で話している。都会で暮らす子からすると、窮屈にしている子を田舎でほっとさせてやりたいし、孫の顔を見せたいし、親の顔が見たい気持ちは分かる。各家庭に事情があり、一律ではいかない。帰省した人が田植えを手伝っていても、とやかく言わないことが大切だと思う」と話した。
手袋必須、休憩中は対面で会話しない
可能な限り帰省をしないことが大前提だが、現実的に帰省する人が一定あることが見込まれる。感染症が専門の見坂恒明・県立丹波医療センター地域医療教育センター長(神戸大特命教授)に、「田植え帰省」を想定し、注意すべき点を聞いた。
―移動の注意点は
帰省する人数を減らす。できれば1人で。車があれば車で移動を。車内は密閉空間かつ密接な場面を作る。
―屋外の農作業時もマスク着用か
しんどいと思うが大事。少なくとも、間近で作業するなど、密接な場面や家の中での会話中はマスクは必須。
―作業中の留意点は
作業時は、ゴム手袋をはめる。できるだけ苗箱を手渡ししない。休憩(一服)中に対面に座って会話をしない。屋外で田植えをする分には、密閉でも密集でもない。該当するとすれば密接だが、マスクとゴム手袋をはめて作業をする分には、接触・飛沫でウイルスが感染するリスクは低い。一切、医学的エビデンス(根拠)はないが、理論的にはそうなる。
―ほかに気をつける点は
家族で食卓を囲まない。家と田んぼ以外に出かけない。長く田舎にとどまらないようにしてもらえれば。