持ち帰りOK?謎の地蔵 背景に農村の”優しい思い” 「どこかで赤ちゃんできたらいい」

2020.12.01
地域歴史

道端にひっそりとたたずむ「子授地蔵」=2020年11月27日午前8時22分、兵庫県丹波篠山市内で

今年に入って一気に広がった飲食店などの「テイクアウト」。いまや大半の物が持ち帰れる時代にあって、記者の耳に驚きの情報が寄せられた。「持ち帰っていいお地蔵さんがあるの知ってるか」―。子授けの御利益があるとされるもので、持ち帰って願い通りに子を授かれば元の場所に戻すのだという。文献や史料にも登場しない謎の地蔵を追うと、そこには、”優しい村人の思い”があった。

件の地蔵があるのは、丹波篠山市東部の農村。教わった場所に出向くと道の脇にぽつんと小さな祠がある。中をのぞくと赤い前掛けなどが施された高さ40センチほどの石が鎮座する。地蔵と名が付くものの顔はない。

祠の隣には「子授地蔵」と書かれた看板が立っていることから、この石が「持ち帰っていい」地蔵のようだ。看板は最近になって建てられたという。

実際にいなくなり「しばらくすると戻る」

この地蔵に詳しい地元の80代男性に話を聞くと、過去に実際いなくなったことがあったという。

「気が付くと地蔵さんがいなくなっていて、しばらくするとまた戻ってきてはった。1カ月、半年、1年いないときもあったかな。でもちゃんと戻ってきはる。わしが地蔵のことを気にし始めたのが40代も過ぎてからのことやから、それまでにも頻繁にいなくなってはったんやろうなぁ」

持ち帰っていいという珍しさながら、この地蔵のことを記した文献などは確認できず、なぜ子授けに御利益があるとされるのかなど、いわれを知る手掛かりはない。ただ地元住民の間では脈々と、口伝えで伝承されてきた。

かつて地蔵の近くにある田では、地域の女性たちが協力して手植えの田植えを行っていたそう。老いも若きも田植えを通してコミュニケーションを取り、さまざまな日常の知恵を伝える中で、地蔵のことも伝えられてきたとみられる。

ご利益不明 理由は「詮索しないから」

この子授地蔵の御利益が本当にあるのかどうかも定かではない。その理由はこうだ。

持ち帰るときは誰にも言わなくていい。なくなっても、戻ってきても、「誰だったのか」などと詮索はしない。もちろん、警察に通報するようなこともしない。だから、御利益があったかどうかという話すらない―。

男性は、「戻ってきたということは、きっとどこかで赤ちゃんができたということやと思う。子どもは宝。それだけでうれしいし、戻りが遅いときには、早く子どもができたらなぁと祈る。優しい文化やなぁと思いますわ」と目を細める。

率直な疑問として、元に戻さなかったらどうなるのかと尋ねたところ、「罰があるかどうかも分からんけれど、持ち帰った人の良心がさいなまれるやろな。それが一番の罰かも知れん。もしも子どもができんかったとしても、地蔵は元の場所に返すことになるやろなぁ」と話す。

文化の根幹に「良い意味の同情」

男性はこの文化の根幹に、「良い意味で『同情』があるんやろな」という。「今のコロナの話では、感染した人を詮索したり、誹謗中傷したりする。人に同情できる気持ちがあったら、そんなことはせえへんと思うけどな」。思いがけず、話題は現代社会をむしばむ”病”にも及んだ。

今もひっそりとたたずむ地蔵。子授けへの願いだけでなく、現代人が忘れがちになってしまっている大切な心を伝えてくれている。

市教育委員会文化財課は、「史料は見当たらないが、地域でずっと受け継がれてきたもので、ある意味、『本当の文化財』ともいえる。地蔵はさまざまな願いを込めて建立されることが多い。同じようなものが地域にはたくさんあるのだろう」と話している。

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