サボテン生産者の菅田明宏さん(36)は、サボテン栽培のために昨年、大阪府から兵庫県丹波篠山市へ移住した。栽培歴18年目で、約200種3万株を1人で育て、全国各地の花屋などの小売業者に卸している。栽培に適した環境を求め、サボテン栽培がそれほどポピュラーではない近畿2府4県41市の気候を細かく調べた結果、丹波篠山が最適と考えた。「昼夜の寒暖差があり、夏場でも涼しい。山からは強い風が吹き降りる。これほど良い環境はない」と語る。
現在は、市内で借りているビニールハウス1棟(約1000平方メートル)で栽培。サボテンだけでなく、アガベなど多肉植物約100種2万株も育てている。ヨーロッパやタイ、アメリカなどの海外から種を仕入れており、苗にしてから取引先へ出荷する。
形や大きさは種類によってさまざま。コピアポア属で、いびつな球体が特徴の「黒王丸」や、ぺディオカクタス属の「天狼」など、ホームセンターではお目にかかれない希少種もある。
サボテンは北・南アメリカ、南アフリカなど、昼夜の寒暖差が30度以上あるような乾燥地帯に多く自生している。春と秋に生育期を迎え、夏と冬は生育スピードが遅くなる「休眠期」となる。
菅田さんによると「丹波篠山の朝晩は、夏場でもひんやりとする日が多いので、休眠期になるはずの夏でも育ち続ける。そのため、出荷できる状態になるまでのスピードが、他の地域で育てるのに比べて倍以上速くなる」といい、丹波篠山の環境が最も大量生産につながると考えた。
またサボテンは根が弱い植物で、土の水はけが悪いと根腐れを起こす場合がある。山に囲まれた丹波篠山の気候を生かし、昼間はビニールハウスの窓を開放。水やりをした後の土を自然の強風で乾燥させるため、根腐れのリスクも少ない。
昨年の収入は前年比で4倍に増えたという。「多肉女子」という言葉が生まれたほどの近年の多肉植物ブームに加え、「自宅で植物を育てたいという人が増え、コロナ禍が追い風になった」と話す。
朝は家事をこなした後、ハウスに向かう。1時間かけて水やりをした後、種まき、植え替えなどの作業に日が落ちるまで励む。ホームページのウェブデザインの仕事も手掛けており、夜はパソコンと向き合う。
せわしない田舎暮らしを送る中、「もともと自分から喋るタイプですが、普段からよく声を掛けてくださる人もいます」と、地域住民の優しさに触れている。畑を借りて黒豆とクリの栽培にも挑戦している。
岡山県内に住んでいた大学時代、下宿先の近くに住む高齢女性から「白檀」(カマエケレウス)というサボテンをもらった。「育てたらきれいな花が咲くよ」という言葉を信じ、小まめに世話をしていると、ある日、かれんなオレンジ色の花を咲かせた。以来、サボテン栽培が趣味になり、大学の教授や図鑑の情報などを頼りに独学で栽培技術を磨いてきた。譲り受けた白檀は、今なお大切に育て続けている。
「サボテンは1週間に1回の水やりでも生きていられる。ずぼらな自分でも手軽に育てられる生命力の強さと、童心をくすぐられる形のいびつさが魅力です」と笑う。