野菜に社会学んだ 芸人・土肥ポン太さん 憧れの地で黒大豆栽培「”安い”より”良い”野菜を」

2022.02.23
地域

「今年は作付面積を増やす予定。良い物件があれば移住もしたい」と語る土肥さん=兵庫県丹波篠山市内で

吉本興業に所属するお笑い芸人で、R-1ファイナリストでもある土肥ポン太さん(50)が、昨年から兵庫県丹波篠山市内の畑で特産の黒大豆栽培に励んでいる。土肥さんと言えば、青果業を営んだり、自ら農業に挑戦したりと、お茶の間では野菜に詳しい芸人としても知られている。そんな土肥さんはなぜ、丹波篠山で畑を耕すのか。「正直、農業をやめようかなと思ってたんです。でも、吹けば消えそうだった火が、ここに来てから大きくなった。この場所のブランドと土地の力がそうさせてくれた。僕にとってのパワースポットですわ」―。寒風吹きすさぶ畑のど真ん中でインタビューに応じてもらった。

―丹波篠山で農業をされている

5年ほど前から別の場所で農業をしていたのですが、昨年5月に知人を介してこの畑を借りました。今は30アールで黒大豆を栽培しています。出来は良くなかったけれど、秋の黒枝豆は即完売。コロナ禍もあって人数制限をせざるを得なかったですが、枝豆の収穫体験も大人気でした。

―きっかけは

八百屋をしていたので、以前から仕入れなどで丹波篠山には来ていました。畑を移転することになって、いろんな産地の知り合いから「おいでよ」と声を掛けていただく中、丹波篠山を選ばせていただきました。黒大豆に栗、山の芋、米―。どれも丹波篠山産と言うだけで都会では受けが全然違います。いつか自分もここで農業をしたいと思っていたので。

―丹波篠山の印象は

いや、ほんますごいですよ。東京の人と話していて、「丹波篠山で黒豆作ってます」と言ったら、「すごいですね。黒豆は丹波篠山と決めています」と言われたこともあります。それと若井みどり師匠に黒豆を贈ったら、「格別や」と言ってもらいました。僕の技術ではなく、土地の力ですけどね。生まれた時からここに土地がある地元の人がほんまにうらやましいです。

―地元の人との関わりは

丹波篠山の人は気さくで良い人ばかりですね。僕は大阪の下町で生まれ育ったので、隣近所の付き合いなんて知らなかったんです。田舎はお付き合いが大切。地域の草刈りにも出ていますし、神事にも参加させてもらっています。

困っている人がいたら「何か手伝いましょうか」と言って、「大根持って帰り」と言われることもあります。これから田舎で農業を始めようとしている人は、お付き合いを大切にすることを忘れないでほしいと思います。

黒大豆の出来もチェック。「今年は全然駄目ですわ」

―青果業との出合いは

20年ほど前ですかね。当時、芸人の仕事はたくさんあったんですけど、ほんまに給料安くて。よく芸人が吉本の給料は安いって言ってますけど、あれほんまですから。それで日当が高いアルバイトを探していた時に八百屋の移動販売の仕事を見つけたんです。

歩合制でしたが、若いころは”おばちゃん受けする見た目”もあって、初日からすごい売り上げを出しました。野菜を買ってくれるお母さんたちとの触れ合いも楽しかったんです。ほんまに500円のことを「500万円」と言ったりね。

―野菜に関心はあった

いえ、もともと野菜は大嫌い。だから野菜のことは知らずに売っていたんです。でもお客さんから、「この前買った野菜、甘かったわあ」と言われたことがきっかけで興味を持ち、食べてみたんです。そしたら、びっくりするくらいおいしかった。改めて野菜のことを勉強し直し、旬や産地によって味が違うことなども知った。今では「体の一部」というほど、四六時中、野菜のことを考えています。

―青果業の魅力は

芸人って自分の給料がどうやって上がるか分からない世界なんですよ。テレビに出ているから給料が良いわけじゃない。特に僕らの若いころはショーレースも少なかったので、ほんまに暗闇の中でやっているようなもの。

でも、青果業は野菜を仕入れて売る。売値と仕入れ値の差額が給料になる。成果報酬です。これが分かりやすくて面白かった。若いころからお笑いばかりしていたので、一般社会を知らなかった。社会のことは青果業から教わったといってもいいくらいです。

一時期、青果一本でいこうと芸人をやめることも考えましたが、吉本をはじめ、同期の小籔(千豊さん)など仲間から引き留められたこともあって二足のわらじを履くことにしました。吉本は青果業に影響が出ないようにと、朝早くや夜遅くの仕事を入れないようにしてくれました。そのへんはほんまに懐が深い会社です。

―2007、08年とピン芸人のコンクール「R―1ぐらんぷり」で決勝まで進んだ

なんとかやめずに芸人を続けていて、ようやくR―1の決勝まで行ったときは、やっぱりお笑い一本でいこうと思ったこともありましたが、今度は吉本が止めてきた。「野菜がお前の強みやないか」って。どっちやねんって感じですよね。おかげで野菜に詳しい芸人としてテレビなどにも出させてもらいましたが。

―野菜芸人と呼ばれることもある

実はあれ恥ずかしいんですよ。テレビで野菜のことを紹介する仕事はしますが、本気の寄席では絶対やりません。

今は「〇〇芸人」っていうのをよく聞きますが、僕は古い世代なのであまり好きではないんです。若いころからオーディションに出て、受かっては落ちてを繰り返してきたので、プロの芸人としてのプライドがあります。趣味と芸を一緒にすることは違う気がするんです。「芸人」としての部分がしっかりしていてこそ、「〇〇」が生きてくる。じゃないと、ただの趣味の人ですもんね。

―これからの目標は

丹波篠山のブランドは全国区。ここに「土肥ポン太」という名前もセットにさせてもらって、いろんな野菜を売り出したいと思います。丹波篠山の名前が付いた飲食店もやってみたいし、加工品も作ってみたい。ここに来ていろんなことが思いついて。夢が広がっています。

―芸人としては

農業の話ばかりしてしまいましたが、芸人を引退したわけではありません。でも、年齢的なこともあって若いころのように何でもかんでもやるというのはちょっと。ほんまに芸人は勝負師で、ずっと戦い続けないといけない仕事ですからしんどいんですよね。

ただ、お笑いを通して農業や丹波篠山を発信するような仕事はしたいです。もちろん芸人なので、笑いも交えながら。

―農業をする人が減り続けている。今、求められることは

スーパーに行くと目玉として野菜が安く売られていますよね。安売りするということは生産者にとっては利益が少ないということ。そうなると農業をやめる人も出てくる。それでほんまにいいのかと考えてみてほしいです。

それに今の消費者は安くておいしくないものよりも、少し高くてもおいしくて価値があるものを求めていると思います。なので、お店の宣伝文句は、「安い野菜ありますよ」ではなく、「良い野菜ありますよ」にしていってほしいと思います。

◆   ◆

土肥さんの本名は「土肥耕平」。肥えた土を耕しながら、農家として、芸人として、新たな道を開墾しようとしている。

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